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『ミス・パーフェクトシリーズ』が素直に面白かった理由

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こんにちは、よだかです。

横関大氏の
ミス・パーフェクトシリーズを、3冊まとめて読み終えました。

本シリーズは、
現総理大臣の隠し子であり、元キャリア官僚でもある女性・真波莉子(まなみ りこ)が、
在野の立場からさまざまな問題を解決していく物語です。

いわゆる「エリート主人公が問題を解決していく」タイプの作品ではありますが、
同系統の作品にはあまり見られない特徴も多く、
3冊とも最後まで飽きることなく楽しんで読むことができました。

正直なところ、
「この系統の作品やシリーズ物の中では、頭ひとつ抜けて面白い」
というのが率直な感想です。

キャラクターの魅力だけでなく、
筆者の技量の高さも相まって、
多くの人が楽しめるエンタメ作品に仕上がっていると感じました。

以下では、
どのあたりが特に良かったのか、
印象に残ったポイントを中心にまとめていきます。

今回感想を書いている
「ミス・パーフェクトシリーズ」はこちら

このシリーズが素直に面白いと感じた理由

このシリーズを読んでいて一番強く感じたのは、
「読んでいる最中に引っかかる違和感がほとんどない」という点でした。

設定自体はかなり強い。
総理大臣の隠し子で、元キャリア官僚という主人公像は、下手をするとそれだけで鼻につくし、物語が設定負けしてしまってもおかしくない。
けれど、ミス・パーフェクトシリーズでは、そうした“強さ”が前に出すぎることがなく、物語の中に自然に溶け込んでいます。

理由のひとつは、主人公・真波莉子が「特別な存在として扱われすぎない」ことです。
能力は高いし、判断も的確ですが、物語は彼女を神格化しない。
問題解決の場面でも、万能なひらめきで全てを解決するのではなく、
人に頼るべきところは頼り、任せるべきところは任せる。
その姿勢が一貫しているから、読者は素直に彼女の判断を信頼できる。

また、シリーズ全体を通して、物語の運びがとても安定しています。
毎巻、扱うテーマや問題は異なりますが、
「在野の立場から現実の問題に向き合い、解決の糸口を探っていく」という軸はぶれない。
スケールが大きくなっても、事件性が強まっても、
物語の進み方が急に雑になったり、説明過多になったりすることがありません。

さらに印象的だったのは、登場人物の描写です。
味方側も敵側も、いかにも“物語の都合で配置された人物”という感じがしない。
それぞれが、それぞれの立場や事情を抱えたまま行動していて、
読んでいると「現実にも、こういう人はいそうだな」と思わせる説得力があります。
このリアルさがあるからこそ、物語がエンタメに寄りすぎず、軽くなりすぎない。

結果として、このシリーズは
「すごい設定だから面白い」のではなく、
「一つ一つの描写や判断が納得できるから面白い」作品になっていると感じました。

派手な展開で驚かせるタイプではありませんが、
読み進めるほどに安心して身を委ねられる。
だからこそ、3冊とも最後まで、無理なく楽しんで読むことができたのだと思います。

「ミス・パーフェクト」という像が崩れない主人公造形

このシリーズを読んでいて心地よかった理由のひとつが、
主人公・真波莉子の人物像が、巻を追ってもほとんど揺らがない点でした。

物語が進むにつれて、扱われる問題は徐々に重くなり、
殺人事件や政治的な思惑が絡む場面も増えていきます。
一般的なシリーズ作品であれば、ここで主人公が大きく迷ったり、
精神的に追い込まれたりして、キャラクター像が変質してしまうことも少なくありません。

けれど、ミス・パーフェクトシリーズでは、
そうした展開の中でも「ミス・パーフェクト」という像が崩れない。

それは、彼女が感情を持たない完璧超人として描かれているからではありません。
むしろ逆で、
自分が何をできて、何をすべきで、何を他人に任せるべきかを
きちんと理解している人物として描かれているからだと思います。

莉子は非常に有能ですが、
何でも自分一人で抱え込んだり、
自分の正しさを振りかざしたりはしない。
自分より適任な人がいれば、迷わず役割を委ねるし、
その判断をためらわない。

この姿勢があるからこそ、
彼女の「完璧さ」は嫌味にならず、
読者にとっても現実味のあるものとして受け取れるのだと思います。

また、彼女の出自——
現総理大臣の隠し子であり、元キャリア官僚という設定も、
物語の中で過度にドラマ化されません。
父との確執や家庭環境の歪みを、
主人公の内面の傷として強調することもない。

それは、この作品が
「過去に何を背負っているか」よりも、
「今、どう振る舞い、どう問題に向き合うか」を重視しているからでしょう。

実力があり、立場も理解していて、
人間関係を必要以上にこじらせない。
そうした人物像は、どこか理想的ではありますが、
同時に「本当に賢い人なら、こういう振る舞いをするのかもしれない」
と思わせる説得力もあります。

物語がどれだけシリアスになっても、
莉子のスタンスが変わらないから、
読者は安心して彼女の行動を見守ることができる。

この安定感こそが、
シリーズを通して「ミス・パーフェクト」という像が壊れない理由であり、
読後に残る心地よさにつながっているのだと感じました。

社会問題と相性の良い、無限に広げられるシリーズ構造

このシリーズを読んでいて、
「これはかなり長く続けられる構造をしているな」と感じた場面が何度もありました。

というのも、
ミス・パーフェクトシリーズの物語は、
特定の事件や個人的な因縁だけに依存していないからです。

基本の形はとてもシンプルで、
主人公・真波莉子が企業や役所、あるいは地域社会に足を運び、
そこで起きている「現実の困りごと」に向き合っていく。
この枠組み自体が、社会問題と非常に相性がいい。

社会の中には、
制度の隙間で誰にも拾われない問題や、
声を上げにくい立場の人が抱えているトラブルが、いくらでも存在します。
しかも、それらは時代とともに形を変えながら、次々と現れてくる。

つまりこのシリーズは、
無理に物語のスケールを拡張しなくても、
現実世界の変化そのものが、新しい題材を供給し続けてくれる構造になっているんですよね。

また、主人公が「在野の立場」にいるという設定も大きい。
権力の中心に戻るわけでもなく、
かといって完全な部外者でもない。
官僚としての知識と経験を持ちながら、
今はあくまで現場に立って問題を見ている。

この中間的なポジションがあるからこそ、

  • 行政の論理
  • 企業側の事情
  • 現場で困っている個人の感情

そのすべてを、無理なく物語に組み込むことができているように感じます。

シリーズが進むにつれて、
扱われるテーマは徐々に重くなり、
政治や経済のスケールも大きくなっていきますが、
それでも読後に「話が飛躍しすぎた」という印象は残りません。

それは、物語の中心が常に
「誰が、どこで、どう困っているのか」
という一点に戻ってくるからだと思います。

大きな陰謀や派手な対立構造よりも、
現実にありそうな問題を、どう解きほぐすか。
その積み重ねがシリーズ全体の骨格になっている。

だからこそ、
このシリーズは読み進めても息切れしにくく、
「次はどんなテーマを扱うんだろう」と自然に期待が生まれる。

社会問題という、終わりのない題材を扱いながらも、
物語としての安定感を失わない。
この構造の強さが、シリーズとしての読みやすさと持続力を支えているのだと感じました。

出自の重さをドラマにしないという選択

このシリーズを読んでいて、個人的にとても好ましく感じたのが、
主人公・真波莉子の「出自の扱い方」でした。

彼女は、現総理大臣の隠し子であり、元キャリア官僚という、
どう考えても物語的な火種になりやすい設定を背負っています。
多くの作品であれば、
父との確執や家庭環境の歪み、
その影響による内面的な傷や葛藤が、
物語の大きな推進力として描かれてもおかしくありません。

けれど、ミス・パーフェクトシリーズでは、
そうした部分がことさらに強調されることはありません。

父との関係はすでに整理されており、
政治の現場では側近・アドバイザーとして一定の信頼関係が築かれている。
総理の本妻や腹違いの妹とも、無理のない距離感で付き合っているし、
実の母との関係も良好です。

つまり、
「出自による歪み」は、物語が始まる前の段階で、
すでに彼女自身の中で消化されている状態なんですよね。

この描き方は、とても意図的だと思います。
なぜなら、この作品が描こうとしているのは、
過去に翻弄される人間ではなく、
今この瞬間に、どう振る舞い、どう判断するかという姿だからです。

もちろん、これは現実的ではない、と感じる人もいるかもしれません。
けれど、
本当に能力があり、状況を冷静に理解できる人間であれば、
感情的な対立を引きずらず、
自分にとって最も合理的な関係性を選び取る、ということも十分にあり得る。

そう考えると、
莉子の振る舞いには、妙な説得力があります。

彼女は、自分の出自を否定もしないし、
それに過剰な意味づけを与えることもしない。
ただ一つの事実として受け止めた上で、
今の自分にできる役割を選んでいる。

この姿勢があるからこそ、
物語は過度に感情的にならず、
読者も余計なストレスを感じずに読み進めることができます。

出自の重さをドラマにしない。
それは、物語として派手さを抑える選択でもありますが、
同時に、主人公を「現在を生きる人間」として描くための、
とても誠実な判断だったのではないかと感じました。

エリートであることを嫌味にしない描写のバランス

主人公・真波莉子は、客観的に見ればどう考えてもエリートです。
元キャリア官僚で、判断力も高く、状況把握も早い。
人脈もあり、交渉力もあって、仕事ができる。

それにもかかわらず、このシリーズを読んでいて、
彼女に対して「鼻につく」「できすぎていて引いてしまう」と感じることが、ほとんどありません。

その理由は、
ミス・パーフェクトシリーズが描くエリート像が、
「何でも自分一人でやってしまう人」ではないからだと思います。

莉子は確かに有能ですが、
常に自分が前に出るわけではない。
自分より適任な人がいれば、その人に任せる。
必要があれば頭を下げるし、
自分の専門外だと判断すれば、素直に助けを借りる。

この「引くべきところでは、きちんと引く」姿勢が、
彼女の完璧さを、現実的なものにしているように感じました。

万能だから任せるのではなく、
全体を見渡したうえで、
誰がどこを担うのが最も合理的かを考えている。
だからこそ、彼女の判断には説得力があり、
読者も「この人なら信頼できる」と自然に思えるのだと思います。

また、彼女自身が、自分の能力を誇示しない点も大きい。
自分ができることを淡々とこなし、
できないことを必要以上に悔しがったり、
他人を見下したりしない。

この距離感があるから、
エリートでありながら、
どこか親しみやすさも残っている。

現実世界でも、本当に優秀な人ほど、
自分の能力を振り回さず、
状況に応じて立ち位置を変えられるものですが、
この作品は、その感覚をとても丁寧にすくい取っているように感じます。

結果として、
莉子の「エリート性」は、
物語を押し進めるための道具ではなく、
問題を整理し、解決に近づくための土台として機能している。

だからこそ、
読者は彼女の活躍を素直に受け入れられるし、
「すごい人だな」と思いながらも、
距離を感じすぎずに読み進めることができる。

エリートであることを嫌味にしない。
この微妙で難しいバランスを、
シリーズを通して安定して描き切っている点も、
この作品の大きな魅力のひとつだと思いました。

答えが見えていても過程で読ませる構成

このシリーズを読んでいて印象的だったのが、
「結末がある程度予想できても、読む手が止まらない」という感覚でした。

物語の多くの場面で、
読者は主人公・真波莉子がどういう人物なのか、
どういう判断をするのかを、すでに理解しています。
だからこそ、
「ここで莉子が感情に流されることはないだろう」
「安易な選択はしないだろう」
という予測も自然に立つ。

それにもかかわらず、
展開が退屈にならない。

これは、物語の興味の軸が
「何が起こるか」ではなく、
「どうやってそこに至るか」に置かれているからだと思います。

例えば、
読者の側では「この誤解はいずれ解けるだろう」と分かっている場面でも、
物語はその過程を丁寧に追っていく。
どのタイミングで、
誰が、
どの情報をどう誤解し、
それがどんな影響を及ぼすのか。

そうした細かな手順を積み重ねることで、
単なる“結果待ち”ではない読み味が生まれています。

また、莉子自身が、
派手な逆転劇や劇的な一手に頼らない点も大きい。
問題を整理し、
状況を見極め、
必要な準備を淡々と進めていく。
そのプロセス自体が、物語の見どころになっている。

読者は、
「正解を当てる」楽しさではなく、
「正解に至るまでの思考と選択」を追体験している感覚に近い。

だから、
答えが見えていても、
「じゃあ、どう処理するんだろう?」
という関心が自然と生まれる。

この構成は、一見地味ですが、
主人公像が安定しているシリーズだからこそ成立しているとも言えます。
人物がぶれないから、
展開を無理にひっくり返す必要がない。
その代わりに、過程をしっかり描ける。

結果として、
読後に残るのは意外性よりも納得感で、
「そうなるよな」と腑に落ちる終わり方が多い。

派手なサプライズに頼らず、
過程そのものを楽しませる。
この構成の積み重ねが、
シリーズ全体の安定感と読みやすさを支えているのだと感じました。

スケールを広げても無理が出ない政治・制度の使い方

シリーズが進むにつれて、
物語で扱われる問題は、徐々に個別案件の枠を超えていきます。
企業内部のトラブルや地域の問題から始まり、
やがて政治や制度、経済的な思惑が絡むスケールの大きな話へと広がっていく。

それでも、このシリーズを読んでいて
「話が急に大げさになった」と感じることは、ほとんどありません。

その理由は、
ミス・パーフェクトシリーズが、
政治や制度を“物語を盛り上げるための舞台装置”としてではなく、
現実に存在する仕組みとして扱っているからだと思います。

作中に登場する政治的な動きや制度の話は、
決して専門知識をひけらかすような描かれ方をしません。
かといって、都合よく単純化されているわけでもない。
それぞれの立場の思惑や、
制度が生まれた背景、
その運用上の歪みが、
物語の中で自然に示されていきます。

特に印象的なのは、
主人公が「制度そのものを壊す存在」として描かれていない点です。
莉子は、力技で状況をひっくり返すことはしない。
制度の外から石を投げるのでもなく、
内側に戻ってすべてを掌握するわけでもない。

あくまで、
今あるルールや力関係を読み解き、
その中で最も現実的な落としどころを探していく。

この姿勢があるから、
政治が絡む場面でも、
物語が急にフィクション色を強めすぎることがありません。

また、スケールが広がっても、
物語の視点が常に「現場」に戻ってくる点も大きい。
政策や権力の話が出てきても、
最終的に描かれるのは、
それによって影響を受ける人たちの姿です。

制度は抽象的な存在ですが、
その結果として困るのは、いつも具体的な誰か。
このシリーズは、その距離感を見失わない。

だからこそ、
政治的な話題が出てきても、
読者は置いていかれることなく、
物語の流れに自然とついていくことができます。

スケールを広げながらも、
足元のリアルを見失わない。
政治や制度を“使いこなす”感覚が、
シリーズ全体の説得力を底支えしているように感じました。

問題解決描写に感じる、現実への踏み込み

このシリーズの問題解決描写を読んでいて、
「これは机上の空論では書けないな」と感じる場面が何度もありました。

扱われている問題は、
企業や行政、地域社会など、
現実に存在していそうなものばかりです。
そして、それらは単に制度や仕組みの話として描かれるのではなく、
実際にそれによって困っている人の顔が見える形で提示されます。

ミス・パーフェクトシリーズの問題解決は、
「正しいことを言えば解決する」という描き方をしません。
制度上は正しくても、
現場では通らない理屈がある。
感情として納得できなくても、
選ばざるを得ない現実がある。

そうしたズレや摩擦が、
丁寧にすくい取られているように感じます。

特に印象的なのは、
問題に直面している人たちが、
必ずしも声を上げられる状態にない点です。
助けを求める余裕がなかったり、
諦めてしまっていたり、
あるいは、自分が悪いのだと思い込んでいたりする。

この「言葉になる前の段階」にまで踏み込んで描かれているからこそ、
問題解決の場面が、
単なる爽快な逆転劇では終わらない。

莉子が行っているのは、
誰かを論破することでも、
派手に正義を振りかざすことでもありません。
状況を整理し、
関係者の立場や感情を一つずつ確認しながら、
現実的に動かせるところを少しずつ動かしていく。

その過程には、
時間がかかることもあるし、
全員が満足する結末にならない場合もあります。
それでも、
「この人たちが、明日を少しだけ楽に生きられる状態」を目指している。

この姿勢が、
問題解決描写に独特の重みと信頼感を与えているのだと思います。

エンタメ作品でありながら、
現実を過度に単純化しない。
むしろ、
現実の複雑さを理解したうえで、
それでも前に進む道を探そうとする。

だからこそ、
読後に残るのは、
スカッとした爽快感よりも、
「ちゃんと向き合っていたな」という静かな納得感です。

問題解決の描写に感じるこの踏み込みの深さが、
シリーズ全体の誠実さを支えている。
そんな印象を強く持ちました。

エンタメを支える硬派なリアルさ

ここまで書いてきたように、このシリーズには、
人物描写や問題解決の場面に、しっかりとした現実感があります。
そして、そのリアルさこそが、
物語をエンタメとして成立させている土台になっていると感じました。

エンタメ小説というと、
分かりやすさや爽快感が優先され、
現実の複雑さが削ぎ落とされがちです。
それ自体は悪いことではありませんし、
軽やかに楽しめる作品もたくさんあります。

ただ、ミス・パーフェクトシリーズは、
その方向にはあまり寄っていません。

制度は複雑なまま描かれ、
人の感情も整理されすぎない。
正解があっても、
それを実行するには調整や遠回りが必要になる。
そうした「現実の重さ」を、
物語の中でちゃんと残している。

だからこそ、
作中に挟まれる軽やかなやり取りや、
少し力を抜いた描写が、
ただのギャグやサービスシーンではなく、
物語全体の緊張を調整する役割として機能しているように感じます。

リアルがあるから、
緩さが活きる。
硬さがあるから、
遊びがエンタメになる。

このバランスが崩れると、
リアルに寄りすぎて重くなったり、
逆に軽さばかりが目立って薄くなったりします。
でもこのシリーズでは、
そのどちらにも振り切れない。

問題は重いけれど、
読後は疲れすぎない。
真剣に向き合っているのに、
読み続けるのがしんどくならない。

それは、
作者が現実をきちんと理解したうえで、
どこまで描き、どこで引くかを、
丁寧にコントロールしているからだと思います。

エンタメとしての楽しさは、
決してリアルの対極にあるものではない。
むしろ、
硬派なリアルさがしっかりと根を張っているからこそ、
その上に安心して物語を広げられる。

このシリーズを読んでいて、
そんな当たり前だけれど忘れがちなことを、
あらためて実感しました。

力の入れ方と抜き方が安定しているシリーズ

このシリーズを通して感じた読みやすさは、
単に文章が平易だからとか、展開が分かりやすいから、
という理由だけでは説明しきれないものだと思っています。

読んでいて印象に残るのは、
物語の中で「力を入れる場面」と「あえて力を抜く場面」が、
とても安定して配置されていることです。

ミス・パーフェクトシリーズでは、
問題の核心に迫る場面や、
人物の判断が問われる場面では、
描写が丁寧になり、視線も自然とそこに集まる。
一方で、すべてを重く描こうとはしない。

日常的なやり取りや、
少し肩の力が抜けた場面では、
説明を詰め込みすぎず、
読者が呼吸できる余白がきちんと用意されています。

この切り替えが、とても自然なんですよね。
読者に「ここは大事なところだ」と無理に教え込むこともなければ、
逆に重要な場面を軽く流してしまうこともない。

だから、
長いシリーズを続けて読んでも、
どこかで息切れする感じがしない。

多くの作品では、
・シリアスに寄りすぎて読後に疲れてしまったり
・軽さを優先しすぎて印象が薄くなったり
といった偏りが出がちですが、
このシリーズでは、そうした振れ幅がほとんどありません。

それはおそらく、
作者が「何を描きたいのか」と同時に、
「どこまで描かなくていいのか」を
はっきり理解しているからだと思います。

感情を煽りすぎない。
説明を重ねすぎない。
でも、肝心なところは決して曖昧にしない。

この判断が一貫しているから、
巻をまたいでも作品の手触りが変わらず、
読者は安心して次の一冊に進める。

派手な仕掛けがなくても、
安定して面白い。
読み終えたあとに残るのは、
強烈な衝撃よりも、
「ちゃんと楽しめたな」という満足感です。

この力の入れ方と抜き方の安定感こそが、
シリーズ全体の完成度を静かに底上げしている。
そんなふうに感じました。

総じて、筆者の技量を強く感じる作品だった

ここまで振り返ってきて、
このシリーズについて一番強く残った印象は、
**「とにかく書き手の技量が安定して高い」**という点でした。

設定が奇抜だから面白い、
展開が派手だから引きがある、
そういったタイプの作品ではありません。
むしろ、扱っていること自体はかなり地味で、
現実的で、場合によっては重さもある。

それでも最後まで読みやすく、
読後に「ちゃんと読んだな」という満足感が残るのは、
物語のあらゆる部分で、
無理のない判断が積み重ねられているからだと思います。

主人公造形にしても、
シリーズ構造にしても、
人物描写や問題解決の描き方にしても、
「ここでこうするのが一番自然だ」という選択が、
一貫して選ばれている。

それは決して派手ではありませんが、
逆に言えば、
どこにも破綻がない。

読者を驚かせようとして無理をしない。
感情を揺さぶろうとして盛りすぎない。
説明しすぎず、投げっぱなしにもしない。

こうしたバランス感覚は、
一冊だけなら偶然でも成立するかもしれません。
けれど、シリーズを通して維持するのは、
相当な経験と技量がなければ難しいはずです。

横関大という書き手は、
物語の構造や人物の扱い方、
読者との距離感を、とてもよく理解している。
このシリーズを通して、
そのことがはっきり伝わってきました。

読後に残るのは、
強烈な衝撃や派手なカタルシスではなく、
「よくできた作品を読んだな」という静かな納得感です。

最近読んだシリーズ物の中でも、
かなり完成度の高い部類に入る。
最初に書いたこの感想は、
読み終えた今でも、まったく変わっていません。

エンタメとして安心して勧められる一方で、
書き手の仕事ぶりをじっくり味わいたい人にも、
十分に応えてくれるシリーズだと思います。

今回紹介した
ミス・パーフェクトシリーズは、
エンタメとしても、書き手の技量を味わう作品としても、
どちらの読み方にも応えてくれるシリーズだと思います。
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