「今、ここ」に意識を集中する練習(ジャン・チョーズン・ベイツ著)を紹介する。マインドフルネスという言葉が随分と認知されるようになってきているが、私自身の入門書はこの本だった。日々の生活で取り組めるマインドフルネスの実践方法が53種類も掲載されている。どれも1週間単位で取り組めるものばかりで、マインドフルネスに興味のある方に強くお勧めしたい。
どの実践方法も飽きずに取り組むことができて、毎回新たな気づきをもたらしてくれる。取り組み方も非常に簡単だ。
最初のレッスンは「利き手でない方の手を使う」だ。歯磨き、髪をとかす、食事をするなどの行為を利き手でない方の手を使って行うというものだ。さらにチャレンジしたい人は、文字を書いたり箸を使い時にも取り組んでみると良い。
取り組むコツとしては、聞き手に絆創膏を貼っておき目印にしたり、洗面所の鏡に「左手(右手)」と書かれたメモを貼っておくなどがある。
このレッスンを通して、我々は思わず笑ってしまうだろう。利き手でない方の手がどれほど不器用なのかを知るからだ。あまりの不器用さに利き手を使いたくなる。まるで何もできない初心者になった気分を味わい続けることになる。こうして、おかしいほど上手くいかない左手(右手)の不器用さを知ると、不器用な人や上手くできない人に共感できるようになる。利き手を使わないというだけの行為から、今まで考えもしなかったであろう他人の苦労を想起できるようになるのだ。少しの不自由が自分の見識に大きな広がりを与えてくれる。
さらにこのレッスンは深い教訓を与えてくれる。それは「習慣がどれほど強力で無意識的なものであるか」ということと「それを変えるには意識の集中と決意が必要である」ということだ。利き手でない手を使うことは大変な集中力を必要とする。苛立ちを感じることもあるだろう。その一方で考え方が柔軟になる。何度も繰り返すうちに慣れが訪れる。三度の食事や歯磨きなどいろいろな動作のなかに初心が隠れていることが分かる。そして新しいスキルを獲得したという事実が自分の自信につながる。何歳になっても、新しいスキルを身につけることは可能だ。自分の中にたくさんの未開発の能力があることに気づく。新しい可能性が生まれるのはいつだって「今、この瞬間」なのだ。
自分を変える言葉:人生の可能性を引き出すためには、あらゆる状況で「初心に戻ること」
この本の素晴らしい点は、①レッスン②取り組むコツ③レッスンから気付き④深い教訓⑤自分を変える言葉が全てのレッスンにわたって53種類も紹介されていることだ。マインドフルネスはもうこの1冊を存分に使い倒せば良い。この1冊で十分過ぎる。巻末にはマインドフルネス瞑想の方法も載っていて、本当に隙がない。
②取り組むコツも超具体的で、この方法で取り組めばむしろやらない方が難しいと感じるほどだ。目につくところに付箋メモを貼っておくことが基本。「なんだそんなことか」と感じただろうか?実際に自分の生活で付箋メモを多用していてライフハックに役立てている人ならば、これは当たり前のことに感じるかもしれない。超具体かつ目につくところに設置するという方法は、この本のレッスンのみならずあらゆることに汎用性がある。
特に素晴らしいのは、④深い教訓だ。さらっと書かれているが、これは長年マインドフルネスを修行した者だけがたどり着く境地だ。それを言語化して素人にも分かるように書いてある点が素晴らしい。読者に到達地点をガイドしてくれているのだ。こういうレッスンに取り組めばこういうマインドを手にすることができますよと丁寧に説明してあるのはこの本くらいだろう。本来であれば、絶え間ない修行によって自力でたどり着くはずの景色をインスタントに見せてくれるという点で、この本の価値は非常に高い。先人の知恵を得ることができるのは読書の良さの一つだが、この本から得られるのは先人の知恵どころではない。修行僧のマインドそのものだ。
もちろん、実際にレッスンを通して深い気づきにたどり着くことが望ましいのだろう。しかし、深い気づきを読んでしまえば、そういったマインドをなじませるための様々なアプローチを探っていける。レッスンはあくまで手段。心の平穏を手に入れ、マインドフルネスに生きていくための思考法を作る最短経路とでも表現すれば良いのか。自身の思考法そのものを短期間でアップデートするヒントにもなる。
また、一定期間レッスンを続けてみて、どんなん気づきがあるのか自己分析してみるのも面白い。自分の気づきと本に書かれた気づきを比べてみるとまたそこから新たな発見がある。この本の楽しみ方は、自分自身の日常に寄り添って過ごすことにある。筆者との対話もまた読書の楽しみの一つではあるが、その点でもこの本はかなり長いこと楽しめる。下手すると一生そばに置いておいても良いかもしれないポテンシャルがある。
この本のレッスンに加えて、私自身は1日20分程度の瞑想も行っている。この記事を書いている今日で、瞑想歴はそろそろ1年を迎えようとしている。この本のレッスンとの付き合いも1年くらいになった。一通りレッスンを終えようとしている今思うことは、自分の人生に計り知れないほど大きな影響があったということだ。
まず、焦るということがほとんど無くなった。時間がないという考えにも至らない。これからどうしようか、今やれることはなんだろうか、気が散ってきたな、テンション上がってるなぁなどと自分自身を客観視できるようになった。心に思い描いていることが妄想であるということを自覚できるようにもなった。経験した人にとってはよく分かる話だと思う。最近では、高揚感も客観視できるようになってきた。まだまだ自身も修行中ではあるが、自分の変化がふとした時に自覚できるのは非常に楽しい。
また、物事に取り組む際の集中力もかなり上がったという自覚がある。加えて、集中できていない状態を自覚できるようにもなった。後者の方が、自分にとってはより価値の高い財産だ。1年前であれば、集中力が切れていてもそれに気が付かずに低いパフォーマンスで活動していた。ところが、悪い状態を自覚できるようになったことで、その状況をバッサリと諦め、切り捨てることができるようになったのだ。切り捨てた後に、少し休憩をしたり回復に充てたりしてからもう一度高いパフォーマンスを発揮できる状態で活動を再開する方が圧倒的に生産性が高まる。
心を整えることは、自身を成長させる土台造りだ。思考習慣を変え、行動を変え、未来を変えるきっかけをもたらす本書。しかも、その過程を楽しみながら無理なく実践できる。瞑想などの行為は、長期で見ればかなり大きな見返りが期待できる。思考にもたらす効果は絶大だ。しかし、その一方で習慣化されにくいというデメリットもある。単調かつすぐに成果が出ないので多くの人は成果出るまでに辞めてしまうのだ。本書は手をかえ品をかえ、レッスンを続ける人が飽きないような仕組みをが満載である。
自身の状態を客観視する力を磨くには、本当にうってつけの1冊だ。自分の脳を鍛えたい方、より充実した人生を送りたいと思っている方に強くお勧めしたい本である。