小説 読書

「殺意の輪郭」感想【"関係性"をテーマに据えた刑事小説】

Pocket

こんにちは、よだかです。

麻見 和史さんの
殺意の輪郭 猟奇殺人捜査ファイル 」を読みました。

本作は、男女二人の中堅刑事(尾崎と広瀬)がバディとして事件解決に向けて捜査を進めていく刑事小説です。
ただ、読み進めるうちに強く印象に残ったのは、事件そのものよりも、二人の間にある距離感や関係性の描き方でした。

刑事ものとしては比較的ハードな事件を扱っていながら、物語の重心はあくまでバディ関係に置かれており、その点を私はとても新鮮に感じました。

本作が、この二人を軸にした刑事シリーズとして広がっていく可能性を感じさせる一冊でもあったので、そうした期待も含めて、以下に感想をまとめていきます。

※今回読んだ作品はこちら
殺意の輪郭 猟奇殺人捜査ファイル(Amazon)

1. 事件よりも前に、関係性がある刑事小説

この作品を読んでまず感じたのは、本作が「事件をどう解決するか」よりも先に、「この二人がどういう距離感で並び立っているのか」を丁寧に描いている刑事小説だという点でした。

もちろん、物語の表層には猟奇的な事件があり、捜査の過程や情報の積み重ねも描かれます。ただ、それらはあくまで物語を前に進めるための装置として機能しており、読後に強く残るのは事件のトリックや犯人像ではなく、男女二人の刑事の関係性です。

二人は、互いに感情をぶつけ合うわけでもなく、最初から強い信頼で結ばれているわけでもありません。仕事として必要な距離を保ちつつ、相手を観察し、踏み込みすぎない。その微妙な距離感が物語の序盤から一貫して保たれており、事件はその関係性を試すための圧力として置かれているように感じられます。

刑事小説では、事件の異常性や残酷さが前面に出ることで、登場人物の感情や関係性が後追いになることも少なくありません。本作はその逆で、まず二人の立ち位置があり、その上で事件が起きる。その構造が、この作品を単なる猟奇事件ものではなく、「バディの物語」として印象づけているのだと思います。

2. 天才刑事にしなかった判断が、この物語を強くしている

好印象だったのは、本作が主人公たちをいわゆる「天才刑事」として描いていない点でした。

刑事ものでは、鋭すぎる洞察力や直感によって事件の核心に迫る人物が描かれることも多く、その爽快感自体は決して否定されるものではありません。ただ一方で、そうした造形は物語を人物の能力頼みの構造にしてしまい、バディ関係や組織との関係性を相対的に弱くしてしまうこともあります。

本作の二人はそうではありません。
能力はある。しかし、それを誇示することもなければ、周囲を圧倒するような描かれ方もしない。捜査は地道で、確認と積み重ねの連続であり、判断も常に「刑事として妥当かどうか」という基準に引き戻されます。

この抑制された描き方によって、物語の重心は自然と「個人の才能」から「二人でどう仕事をするか」へと移っていきます。天才が一人で状況を打開するのではなく、情報を共有し、足並みを揃え、相手の判断を尊重しながら前に進む。その過程そのものが、この作品における読みどころになっています。

結果として、事件解決は派手なカタルシスではなく、「きちんと仕事をした」という手触りとして描かれます。その地味さこそが、本作の刑事像を現実的なものにし、バディ関係の説得力を支えているように感じました。

3. 相棒の女性刑事が背負っている「距離」の正体

この物語の印象を大きく支えているのは、相棒である女性刑事の描かれ方だと思います。
彼女は能力のある刑事として描かれていますが、その力を前面に押し出すことはなく、常にどこか一線を引いたような距離感を保っています。

この距離は、性格的な冷淡さや協調性の欠如から来るものではありません。むしろ、意識的にそう振る舞っているように見える点が重要です。捜査に必要なことはきちんとこなす。しかし、それ以上に踏み込まない。相手と一定以上の距離を詰めない。その姿勢が、物語の序盤から中盤にかけて、微妙な違和感として積み重ねられていきます。

やがて明らかになるのは、その距離が彼女自身の過去や、組織の中に残る因縁と深く結びついているという事実です。彼女は、捜査を進めるうえで個人的な事情を抱えながらも、それを表に出さないように振る舞っている。能力を抑え、感情を抑え、相手との距離を保つことが、彼女にとっての自己防衛であり、同時に刑事としての選択でもあったのだと思います。

この「距離」は、弱さの表れではありません。むしろ、組織の中で仕事を続けるために身につけた、ひとつの技術のように描かれています。そのため、彼女の振る舞いは不自然に見えず、後になって理由が明かされたとき、序盤の言動が一気に腑に落ちる構造になっています。

この丁寧な積み重ねがあるからこそ、後に訪れる関係性の変化が軽くならない。距離が解消される場面も、劇的な感情の爆発ではなく、「やっと本来の立ち位置に戻れた」という静かな納得として描かれます。この描き方が、彼女というキャラクターを単なる相棒役以上の存在にしているように感じました。

4. 秘密が明かされる瞬間と、バディ関係の変化

物語の中盤では、相棒の女性刑事が抱えていた事情が明らかになります。この場面は、いわゆる「種明かし」にあたる部分ですが、作品全体の印象としては、驚きよりも納得が先に立つ構成になっています。

それまで描かれてきた彼女の距離感や振る舞いが、後付けの設定ではなく、一貫した選択の結果だったことが分かるからです。秘密が明かされた瞬間、序盤から中盤にかけて積み重ねられてきた違和感が、一つの線としてつながる。その構造が、この場面に過度な演出を必要としないように自然に導いていると感じました。

印象的なのは、秘密が共有されたからといって、二人の関係が急激に変化しない点です。感情をぶつけ合ったり、劇的に信頼を確認し合ったりする展開にはなりません。変わるのは、互いに扱う情報の量と、判断を委ねる範囲です。

それまでは、それぞれが自分の責任の範囲で仕事をしていた二人が、ようやく同じ前提条件のもとで捜査を進められるようになる。バディ関係の変化は、感情の高まりとしてではなく、「仕事の精度が一段上がる」こととして描かれます。

この描き方によって、二人の関係性は過度に美化されることも、特別なものとして強調されることもありません。あくまで刑事として、同じ現場に立ち、同じリスクを引き受ける存在になる。その静かな変化こそが、本作におけるバディ関係の核心なのだと思います。

結果として、この場面は物語の転換点でありながら、作品全体のトーンを壊さない重要な役割を果たしています。秘密が明かされることはゴールではなく、二人が本当の意味で並走し始めるためのスタート地点として位置づけられている。その点に、本作の誠実さを感じました。

5. 猟奇性と動機は、バディを成立させるための装置

本作は刑事小説です。そこで扱われる事件自体は決して軽いものではなく、猟奇的な側面や重い動機も描かれています。ただし、それらが物語の中心に据えられているかというと、必ずしもそうではありません。

本作における事件の猟奇性や犯人の動機は、読者の感情を強く揺さぶるための見せ場というよりも、二人の刑事がバディとして成立するための「圧力」として機能しているように感じました。事件が過酷であるからこそ、個人の感情や過去を抱えたままでも、仕事として向き合わざるを得ない。その状況が、二人の関係性を浮かび上がらせています。

そのため、事件の描写は必要以上に掘り下げられません。犯人像も、強烈なカリスマ性や異常性を誇示する存在としては描かれず、あくまで捜査対象の一人として扱われます。猟奇性は確かに存在するものの、それ自体が物語を牽引する主役にはなっていません。

この抑制された描き方によって、読者の関心は自然と事件そのものから、事件に向き合う刑事たちの姿勢へと移っていきます。どのような動機を持った相手であっても、刑事として向き合う。感情を飲み込み、判断を共有し、役割を分担する。その積み重ねが、バディ関係の説得力を静かに支えています。

結果として、本作の事件は「恐ろしいから印象に残る」のではなく、「この二人がどういう仕事をするのかを映し出す鏡」として印象に残ります。猟奇性や動機が過剰に主張しないからこそ、バディものとしての軸がぶれずに保たれている。その点も、この作品を読みやすく、信頼できる刑事小説にしている理由の一つだと感じました。

6. 恋愛に逃げない男女バディという選択

男女二人の刑事がバディを組む物語では、関係性の深化がそのまま恋愛描写へと接続されてしまうことも少なくありません。距離が縮まる理由が感情に回収され、仕事上の信頼が私的な好意へと置き換えられていく。その流れに違和感を覚える読者も多いのではないでしょうか。

本作が好ましく感じられたのは、その安易な選択を明確に避けている点です。二人の距離が変化する理由は、恋愛感情ではなく、あくまで捜査に必要な前提条件が共有されたからです。情報を隠さなくてよくなったこと、判断を任せられる範囲が広がったこと。その結果として関係性が変わるのであって、感情が先に立つことはありません。

この構造のおかげで、二人の関係は最後まで「刑事としてのバディ」に留まります。相手を特別視するのではなく、同じ現場に立つ相棒として扱う。その距離感が一貫しているため、読者は物語を恋愛の予感として読む必要がなく、純粋に仕事の物語として受け取ることができます。

また、恋愛を描かないことで、登場人物の内面が薄くなっているわけでもありません。むしろ、感情を抑えたまま仕事を続ける姿勢や、私的な事情を抱えながらも職務を全うする態度が、静かに人間性を浮かび上がらせています。その抑制こそが、このバディ関係の説得力を支えているように感じました。

恋愛に逃げないという判断は、派手さこそありませんが、物語全体の軸を安定させる選択です。その結果、本作は男女バディものとして過不足のない距離感を保ち、最後まで安心して読み進めることができました。

7. 35歳前後の中堅刑事というリアリティ

本作のバディ関係に説得力を与えている要素の一つが、二人の年齢設定だと感じました。明確に年齢が強調されるわけではありませんが、描写から受ける印象は、30代半ばから後半にかけての中堅刑事というものです。

若手のように勢いだけで突っ走ることはなく、かといってベテランのようにすべてを見通しているわけでもない。現場で一定の経験を積み、自分の得意と不得意を理解しつつ、まだ現役として前線に立ち続けている。その立ち位置が、二人の言動や判断に自然と滲み出ています。

この年代だからこそ、仕事に対する姿勢も現実的です。理想や正義感は持っているが、それだけで現場が回らないことも知っている。感情に流される危うさも、逆に冷めすぎることの危険も、どちらも経験として理解している。そのため、個人的な思いを抱えたままでも、仕事として捜査を遂行するという選択が説得力を持って描かれています。

また、バディ関係においても、この年齢感は大きく作用しています。相手に過度な期待を寄せることも、必要以上に踏み込むこともない。互いに一人の職業人として尊重し合い、任せるべきところは任せる。その落ち着いた関係性が、作品全体のトーンを支えています。

もし二人がもっと若ければ、葛藤や衝突が前面に出た物語になっていたかもしれませんし、逆にもっと年上であれば、達観した関係として描かれていたかもしれません。この「中堅」という絶妙な年齢設定が、仕事としての刑事像と、バディものとしての心地よさを両立させているように感じました。

8. 傑作「シリーズ」になり得る初期巻として

本作を読み終えて強く感じたのは、単体の完成度以上に、「シリーズとして育っていく余地」が丁寧に用意されているという点でした。事件の描き込みや舞台設定は抑制されており、過剰な見せ場で読者を引きつけようとはしていません。その代わり、二人の刑事がどのような距離感で並び、どのような判断基準で仕事をしているのか、その基準線がしっかりと示されています。

この基準線があるからこそ、続編では事件の構造や舞台にもう一段の厚みを持たせることができる。より複雑な事件、より逃げ場のない状況に置かれたとき、この二人がどのように対応するのかを自然に描ける土台が整っているように感じました。

また、関係性の描写が抑制されている分、変化の余地も残されています。劇的な関係の変化をすでに描き切ってしまった作品ではなく、「同じ二人が、別の圧力のかかり方をされたらどうなるか」を積み重ねていける設計になっている。その点も、シリーズ向きだと感じる理由の一つです。

本作は、読後に強烈なカタルシスを残すタイプの作品ではありません。しかし、その代わりに、「この二人をもう一度追ってもいい」と思わせる静かな信頼感が残ります。派手さよりも積み重ねを選び、人物の関係性を物語の軸に据えた刑事小説として、今後の展開次第では傑作シリーズになり得る初期巻だと感じました。

続編が出ていることを知ったので、無理にスケールアップする必要はないと思いつつ、今作で示された距離感と仕事観がどのように描き継がれているのかを、次作で確かめてみたいと思います。

今回読んだ一作目はこちら。
殺意の輪郭 猟奇殺人捜査ファイル(Amazon)

続編については、読了後にまた改めて書こうと思います。

-小説, 読書