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【読書・感想】赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。【後半・ネタバレあり】

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赤ずきん、旅の途中で死体と出会う(著・青柳碧人)」を読了。

「おとぎ話」×「殺人事件」×「名探偵」という新ジャンル。

おとぎ話に出てくる様々な登場人物を推理小説の形式で利用すると言う一風変わった手法の作品。

全4編の話が赤ずきんを主人公として展開していく。

ヘンゼルとグレーテル・眠れる森の美女・マッチ売りの少女。

これらの話がが赤ずきんを中心としたストーリーに深く絡んでくる。

推理小説という形式に、ファンシーな要素を絡めた展開。

アイディアの出し方としても学びになった。

どうやってこういった類いのアイデアを閃くのか。

筆者の発想力にはただただ感心するばかりだ。

最後まで楽しんで読むことができた。

読み終わるのにかかった時間は2時間弱

同著者の作品には、「昔々あるところに、死体がありました。」もあるとのこと。

機会があればこちらも読んでみたい。

「悪」とは何か?

本作を読んで1番強く感じたのは、本物の悪とは何かということだ。

ゲームやドラマ・漫画・映画などには、主人公と対になる存在として、悪役が設定されることが多い。

悪には、様々なタイプがある。

純粋な悪、何か悲しい過去があって悪に転じたもの、何かしらの事情があって悪の側に身を置いているものなど。

見方を変えれば一概には悪とは言えないようなタイプのものもある。

本作品に出てくる悪役(殺人側)にも、それぞれのバックグラウンドがある。

本当に悪いものとは何なのか?

もしかしたら、悪と断罪している人々の方なのではないかということを考えさせられた。

もちろん、人間は社会の生き物なので、コミュニティーの形成した社会的規範に則っていないものは、異分子として扱われることが多い。

コミュニティーの存続を阻害するものを悪と決めるのは社会だ。

最後までエンタメ作品としても面白く読めたが、それぞれの悪役には何かしらの救いがあっても良かったのではないかと思う。

社会が悪を生み出すということを改めて感じさせられた。

赤ずきんというキャラクター

まず、主人公の赤ずきんの推理が、非常に明快で面白い。

「〇〇さん、あなたはどうして〇〇なの」と言うセリフが推理の決めゼリフになっているのも面白い。

原作の赤ずきんの設定を、うまく活かしているなと素直に感心した。

実際、10歳半ばの少女にこれほどまでの推理力があるかと問われると、少々疑問は残るが創作なのでその辺はスルーしたい。

各話に登場するサブキャラクターも、作品の仕上がりに良い味をプラスしてくれている。

特に、物事に関わってくる様々な動物たちの存在が魅力的だった。

調査の手助けをしてくれるオオカミ・ゲオルグやテントウムシ。

不思議な力を持つ魔女たちとの絡みも面白い。

本作の基本はファンタジーなのだが、推理場面は非常に現実感がある点もこの作品の特徴の1つだ。

魔法で何でも解決できるはずの世界なのに、その魔法を応用の利く範囲で推理に絡めていく点が面白い。

ファンタジーと言う世界観ならば、魔法でやりたい放題にして様々な事件を巻き起こすことができそうなのに、事件に関わる人々は、その魔法の力を案外活用しない。

制限のある中で物語を展開させる方が、作品に楽しさが宿るということだろう。

主人公・赤ずきんのバックグラウンドも、なかなか興味深かった。

彼女の旅の目的が徐々に明らかになっていく展開がこの本のキモだ。

彼女の旅の目的が、読者にはほとんど分からない状態で物語が進んでいく。

第1話・第2話とどこかへ向かっている途中の女の子が、旅の途中で出会った事件を解決していくことを純粋に楽しめる。

そのため、中盤まで軽やかに読み進めることができる。

しかし、中盤以降からは、赤ずきんの旅の動機が明らかになり、スリルが加速する。

ここまで上手に話を展開できるのは、筆者の構成力の高さをうかがわせる。

この作品を描くときに、やはりゴールから逆算していたのだなと感心してしまった。

物語の終わりは、私的にはやや物足りなさを感じたが、中盤から後半までの加速感の生み出し方は、非常に秀逸だった。

ここからネタバレあり

第1話では、シンデレラがテーマ。

もともとの作品を知っている我々からすると、まず疑おうとしないという点が落とし穴。

普通に読み進めていく分には、物語の展開がほとんど予測できない。

誰が犯人なのかと考えながら話を追っていったので、1話目からどんでん返しを楽しめた。

この1話目の楽しさが、2話目の楽しさを期待させる展開となっている。

物語序盤にして、主人公サイドがいきなり殺人犯側になってしまう。

しかも、それを隠蔽しようとする流れにハラハラさせられた。

いつの間にか犯罪を犯した側に感情移入させられていて、少々驚いた。

(実際には、シンデレラが犯人なので、厳密な意味では犯罪者側なのだが)

それに絡んでくる魔女の魔法の制限もなかなかよく練られている。

魔法の効き目が、事件解決のトリックに絡んでくるのは面白い。


2話目は、ヘンゼルとグレーテル・お菓子の家が絡んでくる。

犯人はヘンゼルだったのだが、この作品は初めに犯人が分かっている状態で進んでいくので、エルキュール・ポアロや、古畑仁三郎等の作品を思い起こさせた。

(初めに犯人が分かっていて、そこに主人公たちがどうやって解決に迫っていくのかと言う展開)

もっとも、トリック自体は明かされていないので、どのように密室を作ったのかを読み解くことを楽しむことができた。

魔法の力を使って屋根を復元したことをつなげられないとすっきりした推理展開が望めないので、私自身はエンターテイメントとして最後まで読みきった。

グレーテルが犯人だという展開もちらりと期待した。

兄であるグレーテルの気持ちを利用して、意図的に犯罪に走らせたヘンゼルという展開があると、それはそれで面白かったと思う。


第3話は、「眠れる森の美女」を題材としている。

オーロラ姫がもう40年近くも眠っているところから舞台設定がスタートする。

実は、オーロラ姫には子供がいて、その跡継ぎを宰相たちが管理しているという設定。

この点がなかなか面白く、推理形態が最も複雑だった。

登場人物も増えてきて、注意深く読まないと、展開に置いていかれそうになる。

伏線も2つ3つと張られており、2回読み返しても楽しめる内容だった。

ファンタジー世界であることを活かして、オーロラ姫にかけられた様々な守りの魔法が、ご都合主義的に登場人物に利用されている点が面白い。

もはや不死身ではないかと思うほどの耐久力を犯罪に利用されてしまうのは、なんだか皮肉だ。

ここで登場した人物が最終のキーパーソンとなってくるので、やはり最終話から考えてこの話を位置づけたと考えるのが妥当だと思う。


最終話では、ついに赤ずきんが復讐したい相手がマッチ売りの少女・エレンであることが明かされる。

赤ずきんの過去の話が挟まれ、彼女の優しさや狼・狩人・おばあさんとの関わりが描かれる。

赤ずきんの原作では、狼が死んでしまったり、川で溺れたりなど、いくつかの展開がある。

しかし、本作は狼が死ななかった世界線で描かれている

狼の腹を切っても、縫い合わせたらケロッとしている点はは、ファンタジーらしさを利用していると思う。

腹に石を詰められた狼が、おばあさんに命を救われたことで、後に改心している展開は本当に良かった。

しかし、祖母の復讐を果たすために相手を殺そうとまで思う赤ずきんの気持ちは、少し理解に苦しむ。

祖母を丸呑みにして狼の命を救った赤ずきんが、間接的にとはいえ祖母を死なせてしまったエレンを殺したいほどにくい相手だと感じる展開には、少し無理があるのではないかと思う。

物語の後半で、エレンの街工場を壊滅させ、どこか晴れない気持ちになっている赤ずきんは、やはり復讐を後悔しているのだと思う。

エレンにはエレンで、お金やマッチのビジネスに執着するようになった過去が少しだけ描かれている。

この展開は読者にエレンへの同情を誘うことを目的に設置されたのだろうか。

悪は悪、悪い奴は悪い。

本当の悪とはどこにいるのか。

繰り返しになるが、物語を読み終えた後に私が感じたのは、悪いものを作り出しているのは社会全体なのではないかということだ。

赤ずきんもエレンも、それぞれに自分の幸せを求めていた。

エレンに同情するつもりはない。

けれども、物語の登場人物であるということを鑑みると、1番報われなかったのはエレンだと思う。

もっとも、自分の願いが現実化するマッチがあったとしても、私は使いたいとは思わない。

それでも、エレンの考えや言葉には正論だと思う部分もあるし、そうなってしまったバックボーンには少しだけ同情の余地がないでもないかなぁと感じる。

エレンの最も憎む人間は、生まれつきそこそこ恵まれている者たちです。そういう者たちは努力しなくてもそこそこの収入を得る仕事に就けるため、がむしゃらな努力をしたことがないのです。

心の強いものが心の弱いものをコントロールできるというエレンの考え方は、生存戦略の本質でもある。

生存戦略の本質については利己的な遺伝子を参照】

エレンはエレンなりに頑張っていたし、その努力の仕方や彼女の頑張りを誰かが認めてくれてもよかったのではないかと思う。

ここまでずいぶんとエレンに肩入れしてしまったが、現実世界に彼女の人物がいたら、私は絶対に友達にはならない。

しかし、10代前半にして自分のビジネスを築き上げたという設定には、羨ましさもある。

環境が人を作る。

この物語が廃人となったエレンの姿で閉じるのには、少し寂しいものがある。

だからこそ、赤ずきんは、物語の終わりに復讐のことを考えても虚しいだけという気持ちになったのだろう。

つらつらと語ってきたが、悪というのは自分の中にある判断なのだということを改めて感じさせられた。

きっと、敵なんていない。

敵という概念を自分自身の中で作ってしまっているだけなのだ。

深読みし過ぎだと言われればそうかもしれないが、推理小説として楽しむ以上に考えさせてもらえる機会になったのは、この本に出会ったことの価値の1つだと言える。

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