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考える前に集める ― 研究系botterの心理管理メモ

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こんにちは、ぼっちbotterよだかです。

最近、相場やbot開発に向き合う中で、ひとつ強く意識するようになったことがあります。それは、判断材料が揃っていない段階で考えすぎても、良い意思決定にはつながりにくいということです。相場は不完全情報ゲームなので、すべてのピースが揃うことはありません。それでも、現時点で集められるはずの情報を集め切らないまま結論を急ぐと、未完成のパズルを完成扱いしてしまいやすい。今回は、そんな感覚を言葉にしながら、研究系botterとしての判断材料の集め方、心理管理の置き場、そして「考える前に集める」という順番について整理してみます。

今回考えを深めるきっかけになったのは「ゾーン ウィザード・ブックシリーズ」という本を読んだことも大きいです。
本書は裁量トレード向けの心理管理に関する本であり、正直、アルゴトレーダーとしては革新的な考えや技術面での発見があった本ではありませんでした。本書を読み終えた結論は「じゃ、全部botで良いじゃん」というものでした。しかし、根本的な部分でアルゴリズムトレーダーとしての振る舞いや考え方とも共通する部分がいくつか見つかったので、一応紹介しておきます。
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1. 判断を急ぐと、最初のズレが最後まで残る

最近、相場やbot開発に取り組む中で、以前よりも強く意識するようになったことがあります。それは、判断材料が揃っていない段階で結論を急ぐと、その時点の小さなズレが後工程までずっと残り続ける、ということです。

人はどうしても、今ある情報だけで意味のある結論を出したくなります。何かを見たら解釈したくなるし、少しでも前に進んでいる感覚が欲しくなる。特に、専業で相場やbot開発に向き合っていると、「今日は何を達成するのか」「次に何をやるのか」を早めに固めたくなる瞬間があります。ですが、最近はこの“早く決めたい”という感覚にそのまま乗ると、かえって全体が崩れやすいと感じる場面が増えてきました。

たとえば、まだ現状把握が十分に終わっていないのに、「この戦略は伸ばすべきだ」とか「この仮説は捨てるべきだ」といった判断を先に置いてしまうと、その後の観測もその前提に引っ張られます。本来なら事実を見に行く段階のはずなのに、気づけば“すでに出した結論を補強するための材料集め”に変わってしまう。そうなると、最初はほんの少しの思い込みだったとしても、それが次の判断、さらにその次の判断へと連鎖していきます。

この構造が厄介なのは、途中ではなかなか気づきにくいことです。判断がズレているときほど、本人の中では筋が通っているように見えます。むしろ、早い段階で仮説や目標を言語化しているぶん、「ちゃんと考えている」という感覚さえ出てしまう。でも実際には、考える順番が前後しているだけで、土台がまだ不安定なまま上にものを積んでいる状態だったりするんですよね。

最近うまく回ることが増えてきたのは、ここを少しずつ止められるようになってきたからだと思っています。判断に対して責任を取れないと感じるとき、まだ調べられることがあると感じるとき、あるいは「これが分かっていないのに決めるのは違うな」ともやもやするとき。その感覚をただの不安や優柔不断として片づけず、「今はまだ判断の段階ではない」というサインとして受け取るようになってきました。

もちろん、相場ではすべての情報が揃うことはありません。不完全情報の中で動くしかない以上、どこかでは決める必要があります。ただ、それと「集められる情報を集め切る前に決める」は別の話です。前者は避けられない前提ですが、後者は防げるズレです。だからこそ最近は、まず最初に“自分はいま何を知らないのか”を見にいくことを重視しています。

判断を急ぐこと自体が悪いわけではありません。ただ、まだ見えていないものが多い段階で結論を急ぐと、その時点のズレが最後まで残る。その感覚をようやく、自分の中で現実のものとして掴めてきました。今の自分にとって大事なのは、早く決めることよりも、ズレたまま進まないことです。

2. 現状把握を一段目に置く意味

最近、タスクの入り方として意識しているのは、「まず現状把握をする」という順番です。達成目標を細かく決める前に、いま何が分かっていて、何がまだ分かっていないのかを確認する。以前は、今日やることや進め方を先に決めてから手を動かすことも多かったのですが、今はむしろ逆で、現状把握が終わっていないならその先を決めない、という考え方に少しずつ寄ってきました。

これは慎重になりたいからというより、判断の精度を上げたいからです。たとえばbot開発でも、ログの状況、観測値の分布、実装差分の影響、いま詰まっている箇所の所在などをまだ十分に見切れていない段階で、「今日はこれを詰める」「この方向で進める」と決めてしまうと、その後の作業全体が仮置きの前提に支配されやすくなります。すると、本当は優先すべき観測や確認作業を飛ばしたまま、見当違いの改善や解釈に時間を使ってしまうことがあるんですよね。

逆に、最初に現状把握を一段目に置いておくと、今日のタスクそのものが変わることがあります。当初は改善や実装が主タスクだと思っていたのに、実際に見てみたら、いま必要なのは追加実装ではなくログの切り分けだった、あるいは仮説の比較ではなく前提条件の確認だった、ということは珍しくありません。これを最初に認められるかどうかで、その日の進み方がかなり変わります。

ここで大事なのは、現状把握を「準備作業」や「前座」として軽く扱わないことだと思っています。現状把握は、その先の判断を支えるための土台です。土台が見えていないのに、その上に目標や方針を置こうとすると、結局あとで崩れる。だから最近は、現状把握ができていないなら、その時点ではまだ次の判断に進む資格がない、くらいのつもりで考えることが増えました。

もちろん、現状把握にもコストはかかります。ログを見る、パネルを確認する、時系列を追う、前回との差分を洗う。地味ですし、達成感も出にくいです。でも、ここを飛ばすと後で何倍もの手戻りが発生することがある。実際、最近の自分の開発でうまく回っている日を振り返ると、派手な実装よりも先に、いま何が起きているのかを落ち着いて見にいけた日であることが多いです。

相場は不完全情報ゲームですが、だからといって毎回ぶっつけ本番で決めてよいわけではありません。むしろ不完全だからこそ、その時点で取れる情報をどこまで取りにいったかが重要になります。現状把握を一段目に置くというのは、「全部分かるまで動かない」という話ではなく、「まだ分かっていないまま、分かったつもりで動かない」という話です。

最近は、朝の入り方でもこの順番を意識するようになりました。まず、いま何が材料として揃っていて、何が欠けているのかを見る。足りていないなら、今日の一つ目の仕事は現状把握にする。そして、それが終わってから達成目標の細かい部分を決める。この順番にしてから、少なくとも以前よりは、思いつきで走って後から修正することが減ったように思います。

考えること自体が悪いわけではありません。ただ、現状が見えていない段階で考えても、その思考は空中戦になりやすい。だから今の自分にとっては、考える前にまず集めること、そしてその入口として現状把握を一段目に置くことが、かなり重要な判断原則になっています。

3. 信念が認識を作るなら、何を信じるべきか

最近読んだ『ゾーン 勝つ相場心理学入門』という本の中で印象に残った考え方のひとつに、「信念が認識を作る」という話がありました。最初に読んだときは、これは裁量トレーダー寄りの心理論として語られているようにも見えたのですが、自分なりに咀嚼してみると、研究系botterである自分にもかなり関係の深い話だと感じています。

人は、ただ世界をそのまま見ているわけではありません。何を重要だと思っているか、何を現実として扱っているかによって、同じ対象を見ても拾う情報が変わります。相場も同じで、ある人はチャートの形として見るし、ある人は地合いや雰囲気として見るし、別の人はテーマやファンダメンタルズとして見る。私の場合は、かなり早い段階から、bps、乖離、遅延、スリッページ、状態遷移、執行可能性といった単位で相場を見る癖がついてきました。

これは単に技術的な都合だけではなくて、「相場は測れる構造として現れるはずだ」という信念が前提にあるのだと思います。もちろん、何でもかんでも綺麗に数値化できるわけではありませんし、測れないものやまだ定義できていないものもある。それでも、自分が向き合おうとしているのは“雰囲気の相場”ではなく、“観測可能な差分や構造としての相場”です。だからこそ、何をどう測るか、どの単位で切るか、何を優位の兆候として扱うかが重要になります。

ここで大事なのは、「信念が認識を作る」という言葉を、ただの思い込みの肯定として受け取らないことだと思っています。信念は確かに認識を歪めることもあります。見たいものだけを見てしまうこともあるし、自分に都合の良い解釈へ寄せてしまうこともある。でも一方で、信念がないと、そもそも何を観測対象として切り出せばよいのかも定まりません。何も信じていなければ、世界はただ雑多なノイズの集まりに見えてしまう。だから必要なのは、“どんな信念でもよい”のではなく、観測と検証に耐える信念を持つことなのだと思います。

botterとしての自分にとって、その信念はかなりはっきりしています。相場には構造があること。ミクロな振る舞いの積み重ねが、マクロな偏りや状態として現れること。そして、その構造の一部は、適切な観測単位と定義を与えれば、データとして浮かび上がってくること。この前提があるから、私は相場を「なんとなく上がる・下がる」で見るのではなく、「どの程度の乖離があり、それがどれくらい持続し、執行コストを差し引いてなお優位が残るのか」といった形で捉えようとします。

一方で、この信念にも注意点があります。botter的な見方が強くなるほど、数値化しやすいものばかりを現実として扱いすぎる危険もある。実装可能なものだけを重く見て、まだ言語化できていない違和感や構造の気配を軽く扱ってしまう可能性もあります。だから、信念を持つことと、信念に閉じこもることは別です。自分がどんな単位で世界を見ているのかを自覚しつつ、必要ならその見方自体も見直せる余地を残しておく。そこまで含めて、信念を運用することが大事なんだと思います。

それでも、いまの自分にとっては、「相場は測れる構造として見にいくものだ」という信念はかなり重要です。これがあるから、良さそうに見えるものに感覚だけで飛びつかずに済むし、自分が信頼している観測技術へ戻ることができる。逆に言えば、信念が認識を作るからこそ、何を信じるかはかなり重要です。少なくとも自分は、期待や願望ではなく、観測と検証に戻してくれる信念を持っていたいと思っています。

4. botを使うのは、相場と正面から向き合うため

あらためて整理できてきたのは、自分にとってbotは「楽をするための道具」ではなく、相場と向き合うための手段だということです。botterとして活動していると、どうしても「自動化」や「機械化」の側面が目立ちますし、外から見てもそこが本質に見えやすいと思います。ですが、自分の実感としては少し違います。私がbotを使っているのは、相場から距離を取るためではなく、むしろ相場に対してより深く、より長く、より壊れにくく向き合うためです。

もちろん、裁量トレードという方法もあります。相場を見て、自分で判断し、その場で執行する。理屈の上では、私にもできないことではないと思います。ただ、自分にとって最も自然で、最も再現性高く相場に向き合える方法が何かを考えたとき、それはやはりプログラミングでした。自分は、感覚や雰囲気だけで市場を殴り続けるよりも、観測して、定義して、切り分けて、検証して、再実装するという流れのほうが圧倒的にしっくりきます。

この感覚は、最近読んだトレード心理の本を通じて、むしろよりはっきりしました。裁量トレーダー向けに見える内容でも、結局そこに書かれていたのは、仕掛けと手仕舞い、時間枠、利食い、優位性、ルール遵守といった話でした。つまり、勝つためにはどこで入ってどこで出るのかを定義し、それを守れるようにしておく必要がある、ということです。botterの立場から見ると、これはまさに普段botを作るときに考えていることと重なります。違うのは、それを頭の中で処理するのか、コードに落とすのかの差でしかないとも言えます。

そう考えると、自分がbotを使う理由もかなり明確です。botは、観測した構造を繰り返し検証するための装置であり、人間の期待や恐怖で執行を歪ませないための枠組みでもある。さらに言えば、一度見つけた仮説や条件を、その場の気分ではなく同じ定義で何度でも試すための土台でもあります。裁量で向き合うことが「相場に立ち向かうこと」だとすれば、自分にとってのbotは「相場に対して、より長期的に、より壊れにくく殴り続けるための武器」です。

ここで大事なのは、「裁量が苦手だからbot」ではないということだと思っています。そうではなくて、自分にとって市場と最も自然に向き合える方法がbotだ、という順番です。裁量で瞬間的な判断を磨く道もあるのでしょうが、私の場合は、相場の構造を観測し、それをデータとして捉え、再現可能な条件へ落としていくほうが圧倒的に強みを出しやすい。だから、プログラミングは単なる実装手段ではなく、相場と対話するための形式そのものになっています。

そしてこの認識は、研究の進め方にも影響します。自分がやっていることは、ただbotを動かしているだけではありません。相場のどこに構造があるのか、何を優位の兆候として扱うのか、どこまでなら執行可能なのかを、観測と検証を通じて探っている。その意味では、botは結果を出すための機械である以前に、相場を見るための感覚器であり、構造を叩くための実験装置でもあります。

最近は、この整理がかなりしっくり来ています。自分はbotを使って相場から逃げているわけではない。むしろ、自分が市場に真正面から向き合い続けるために、最も適した形としてbotを選んでいる。そう思えるようになってきたのは、専業で一年以上積み上げてきた中で、少しずつ自分の戦い方が見えてきたからかもしれません。少なくとも今の自分にとって、プログラミングは相場から距離を取るための道具ではなく、相場と正面から向き合うための武器なのだと思います。

5. 裁量のゾーンと、研究系botterのゾーンは違う

ゾーン』を読んでいて特に興味深かったのは、書かれている内容の多くが裁量トレーダー向けに見える一方で、研究系botterである自分にもかなり刺さる部分があったことです。ただ、その刺さり方は少し違います。裁量トレーダーが必要とする「ゾーン」と、研究系botterが必要とする「ゾーン」は、たぶん同じではありません。

裁量トレーダーにとって重要なのは、相場を見たその場で状況を判断し、迷わず実行することです。試合中のスポーツ選手に近い感覚だと思います。今この瞬間に何が起きているのかを見極めて、ノイズに引っ張られず、恐怖や期待で判断を歪めず、その場で適切に反応する。そこでは、反射神経に近いレベルでの認識と実行の質が問われます。だからこそ、裁量トレーダーにとっての「ゾーン」は、試合中に余計な雑音を消して、相場をそのまま受け取れる状態を作ることなのだと思います。

一方で、自分のような研究系botterは、取引執行の局面でその種の即断即決をあまり求められません。実際の執行はプログラムに任せるので、人間側が介入する余地はかなり限られます。できることは、開始するか、停止するか、あるいはその前段でどんなルールを作るかを決めることくらいです。だから、自分にとって心理状態が重要になるのは、執行の最中というよりも、その前の研究・設計・評価の段階です。

たとえば、何を研究対象として選ぶのか。どこまで掘ったら白黒を出すのか。続けるべきか、やめるべきか。どの程度の乖離なら本当に執行可能なのか。遅延やスリッページをどこまで許容するのか。こうしたことを決める段階では、人間の心理がかなり強く影響します。面白そうに見えるものに飛びつきたくなることもあるし、すでに時間をかけたテーマを未練で引っ張ってしまうこともある。逆に、まだ掘る価値のある仮説を焦って切ってしまうこともある。研究系botterの心理的な弱さは、執行中のワンクリックミスではなく、こうした探索資源の配分や継続・停止判断の歪みとして現れやすいのだと思います。

そう考えると、自分にとっての「ゾーン」は、裁量勢のそれとはかなり違います。瞬間的に無心で反応する状態というより、観測と判断のあいだに余計な期待や焦りを混ぜず、必要な検証を必要な順番で進められる状態に近い。良さそうに見えるものへ感覚だけで突っ込まず、自分が信頼している観測技術や検証手順にちゃんと戻れる状態、と言ってもよいかもしれません。

ここで重要なのは、研究系botterも結局は心理管理から逃れられない、ということです。執行時の恐怖や欲望はかなり排除できますが、そのぶん心理の主戦場が研究段階へ移る。だから「アルゴだからメンタルは関係ない」ということにはなりません。むしろ、自分が何に惹かれているのか、何を見落としているのか、どのタイミングで判断を急ぎたくなっているのかを見張っておく必要があります。

最近の自分にとって、現状把握を一段目に置くことや、ピースが揃っていないなら結論を急がないことを意識しているのも、この文脈でかなり重要です。これは単なる慎重さではなく、研究段階で認知を壊さないための工夫なんですよね。期待や不安で判断が先走ると、研究対象の選定も、評価の仕方も、停止判断も全部歪みやすくなる。だからまずは、いま見えているものと見えていないものを切り分ける。必要なら、考えるより先に集める。この順番を守ることが、自分にとっての「ゾーン」を保つことにつながっている気がします。

裁量トレーダーにとっての良い心理状態が「その場で正しく動けること」だとすれば、研究系botterにとっての良い心理状態は「良さそうに見えるものに反射で飛びつかず、執行可能性まで含めた現実のコストを見失わないまま、事実確認をやり切れること」なのだと思います。どちらも相場に向き合うための状態ではありますが、使う場面も、守るべきものも違う。最近はその違いが、自分の中でかなりはっきりしてきました。

6. 仕掛け・手仕舞い・時間枠を先に定義するということ

『ゾーン』を読んでいてあらためて感じたのは、仕掛け、手仕舞い、時間枠、利食いといった論点の重要性です。裁量寄りの本として読むと「当たり前の話」に見えるかもしれませんが、botterの立場から見ると、ここはかなり本質的でした。なぜなら、これらは単なる売買テクニックではなく、何をもって勝負するのかを先に定義する行為だからです。

botを作るとき、この部分は曖昧なままでは済みません。どこで入るのか、どこで出るのか、どの時間幅で観測するのか、利確や損切りをどの条件で行うのか。これらをある程度はっきりさせないと、そもそも実装ができないし、検証もできない。つまりbotterにとっては、仕掛けや手仕舞いの定義は「大事にしたほうがよいこと」ではなく、最初から定義しないと前に進めないことなんですよね。

ただ、最近はここを単なる実装上の必要条件としてだけでなく、判断原則としても重要だと感じるようになりました。というのも、仕掛けや手仕舞い、時間枠を明確にするというのは、結局のところ「自分は何を見て、どこまでを一つの勝負として扱うのか」を決めることだからです。逆にここが曖昧だと、どれだけ観測や分析をしても、最後の判断がふわっとしたものになりやすい。優位があるのか、ただ反応があるだけなのか、執行可能なのか、見ている時間幅に対して期待しているリターンは妥当なのか。こうしたことが全部ぼやけます。

特に研究系botterとして厄介なのは、観測段階では良さそうに見えるものが、そのまま執行条件に落ちるとは限らないことです。たとえば、ある構造が見えていたとしても、それが何秒スケールの話なのかによって、必要な遅延耐性も、スリッページ許容も、必要な乖離幅も変わってきます。30秒の構造を見ているのに3秒で取りに行こうとすれば無理が出るし、逆に3秒しか持たないものを30秒の枠で評価しても、実戦では使いづらい。時間枠の定義は単なる観測窓ではなく、自分がどの世界で戦うつもりなのかを決める線引きでもあります。

手仕舞いも同じです。裁量の文脈では、利食いを早めすぎるとか、損切りが遅れるとか、心理面の問題として語られることが多いですが、botter視点で見ると、これはもっと設計の問題です。どこで勝負を終わりにするのかが曖昧だと、その戦略は何を取りに行くものなのかが不明瞭になります。短期の反応を取りたいのか、持続を取りたいのか、一定条件が崩れたらすぐ降りるのか、あくまで時間で切るのか。ここが定まっていないと、勝ち負けの評価そのものがぶれます。

結局、仕掛け・手仕舞い・時間枠を先に定義するというのは、「ルールを守れ」という以前の話なんだと思います。守るべきルールが何なのか、どんな前提でそのルールを作るのかを明確にしておかないと、あとで守るも何もない。裁量本でこのあたりが繰り返し強調されるのも、たぶん同じ理由でしょう。人間は、事前に定義されていないものを、その場で都合よく補ってしまいやすいからです。

自分にとって重要なのは、ここを感覚で埋めないことです。良さそうだから入る、なんとなく反応が止まったから出る、雰囲気的にもう伸びなさそうだから利食う。そういう判断は、一回一回の場面ではもっともらしく見えても、あとから再現したり検証したりすることが難しい。研究系botterとして戦うなら、せめて自分が何を勝負の単位として定義しているのかは、できるだけ前もって言語化しておきたいと思っています。

もちろん、最初から完璧な定義が作れるわけではありません。観測して、試して、失敗して、直す必要はある。でもそれでも、「未定義のまま動く」と「仮定義で動いて後から修正する」はかなり違う。後者なら、少なくとも何をどう直したのかを追えるからです。

最近はこの点でも、裁量とbotterの実務は意外と近いのだなと感じています。見た目は違っていても、結局重要なのは、どこで仕掛けてどこで終えるのか、その勝負をどの時間枠で捉えるのかを明確にすること。そして、そのルールが十分に吟味されたものかどうかを見直し続けることなのだと思います。少なくとも自分にとっては、ここを曖昧にしないことが、相場に正面から向き合うための最低条件になっています。

7. まだ勝ち筋は見つかっていないという留保

ここまで色々と整理してきましたが、最後にちゃんと残しておきたい前提があります。それは、この考え方がいまの自分にとってかなりしっくり来ているとしても、この方法でまだ実際のエッジを見つけたわけではないということです。

これは、自分の中ではかなり重要な留保です。考え方として筋が通っていること、研究態度として健全であること、実際に最近のbot開発や相場観測が以前より崩れにくくなっていること。こうしたことはたしかにあります。ですが、それと「この方法で本当に勝てる構造へ辿り着けるか」はまだ別問題です。ここを一緒くたにしてしまうと、考え方に酔ってしまいやすいし、自分が進んでいる感覚そのものを成果と取り違えやすくなる。

特に研究系botterは、この点を雑に扱うと危ないと思っています。観測の精度が上がること、判断の順番が整理されること、心理的な先走りが減ること。こうした改善はもちろん大事ですし、実際に必要な土台でもあります。でも、それらはあくまで「まともに負ける」「まともに白黒を出す」ための条件であって、それ自体が優位の証明ではありません。極端に言えば、どれだけ真面目に、どれだけ丁寧に掘っても、掘っている戦場そのものにエッジがなければ見つからないことは普通にあります。

だから最近は、自分の方法論に対しても少し距離を取るようにしています。このやり方はたしかに、未完成のパズルを完成扱いしないためには役立つ。観測不足のまま判断を先走らせない、見かけの良さに飛びつかない、コストや執行可能性を雑に扱わない。そうした意味ではかなり有効だと思っています。ただ、それが最終的にエッジ発見へつながるかどうかは、まだ市場に聞いている途中です。少なくとも現時点では、「この方法なら勝てる」とまでは言えません。

一方で、この留保があるからこそ、今の考え方を比較的健全に保てている気もします。もしここで「ここまで整理できたのだから正しいはずだ」と思い始めると、方法そのものを守ることが目的になってしまう。逆に、「まだ勝てていないのだから全部無価値だ」と切り捨ててしまうと、せっかく整ってきた判断の型まで手放してしまう。たぶん今の自分に必要なのは、その中間に立つことです。つまり、「まだ未証明だが、少なくとも雑に壊れにくい進め方ではある」と位置づけることです。

ここで分けて考えておきたいのは、少なくとも二つあります。ひとつは、市場や研究テーマそのものにエッジがあるのか。もうひとつは、自分の研究の進め方が、そのエッジの有無をまともに判定できるか。前者は相場次第で、普通にハズレもあります。後者は、自分の態度や設計で改善できる余地が大きい。最近自分が整えようとしているのは、まずこの後者なのだと思います。

要するに、いまやっていることは「勝てることを証明した」ではなく、「少なくとも雑な自己欺瞞を減らし、エッジの有無を事実ベースで判定しやすい形へ寄せている」に近い。その先に本当に優位があるかどうかは、まだこれから見に行くしかありません。

この留保は、弱気だから置いているわけではありません。むしろ、自分の思考を現実に繋ぎ止めておくために必要なものだと思っています。研究がうまく回り始めると、それだけで何かを掴んだ気になりやすい。でも、相場はそう簡単ではない。だからこそ、今はまだ勝ち筋は見つかっていないという事実を、きちんと前提に置いておきたいと思います。そうした上で、それでもなお、今の順番と態度で掘り進める価値はある。現時点の自分に言えるのは、そのくらいです。

8. それでも、この順番は守る価値がある

ここまで書いてきたことは、どれもまだ「この方法で勝てる」と証明された話ではありません。判断材料が揃うまでは決めないこと。現状把握を一段目に置くこと。未完成のパズルを完成扱いしないこと。信念が認識を作るなら、観測と検証に戻してくれる信念を持つこと。botを、相場から距離を取るためではなく、正面から向き合うための道具として使うこと。裁量のゾーンとは別の意味で、研究段階の心理状態を整えること。こうした考え方は、いまの自分にはかなりしっくり来ていますが、最終的な価値はまだ市場に問うしかありません。

それでも、現時点でははっきり言えることがあります。少なくともこの順番は、自分が雑に壊れないためにはかなり役立っている、ということです。

以前よりも、まだ見えていないものがある段階で結論を急がなくなってきました。良さそうに見えるものへ、そのまま感覚で突っ込むことも少し減ってきました。まず何が分かっていて、何がまだ分かっていないのかを確認し、足りないなら集める。責任を持てるだけの判断材料がないなら、その時点では決めない。そういう順番を意識することで、少なくとも後から「そもそも前提がズレていた」という手戻りは減っている感覚があります。

自分のような研究系botterにとって、これはかなり大きいことだと思っています。執行そのものはプログラムに任せる以上、人間の価値は「途中で感情を挟まないこと」よりも、「どういう条件で始めて、どういう条件で止めて、どこで白黒を出すか」をどれだけまともに決められるかに寄っています。だからこそ、考える順番や、判断に入る前の整え方が重要になる。ここが崩れると、どれだけ真面目に研究していても、探索資源の配分や仮説の扱い方そのものが歪んでしまうからです。

もちろん、この順番も将来的には修正が必要になるかもしれません。いまはこれでうまく回っていても、別の局面では違うやり方が必要になる可能性はありますし、そもそもこの方法論では市場の優位に辿り着けないかもしれない。それでもなお、今の自分にとっては、「未完成なのに完成扱いしない」「集められるものを集め切るまでは決めない」という原則はかなり重要です。少なくとも、期待や焦りで判断を先走らせるよりは、ずっとましな進み方だと思っています。

結局のところ、自分が守りたいのは「慎重であること」そのものではありません。守りたいのは、事実より先に解釈を走らせないことです。相場は不完全情報ゲームなので、どこかでは必ず不確実なまま決めることになります。でも、その不確実さを理由に、集められるはずの材料まで雑に扱ってよいわけではない。全部は無理でも、現時点で拾えるピースは拾いにいく。その上で、まだ足りないなら足りないと認める。そういう進め方を、自分は今後もできるだけ維持したいと思っています。

だから現時点の結論は、とても地味です。
考えることを急がない。
先に集める。
足りなければ決めない。
そして、決めるときは「いまの自分は何を見ていて、何をまだ見ていないのか」を自覚した上で決める。

派手な結論ではありませんし、これでエッジが見つかる保証もありません。でも少なくとも、自分が相場やbot開発と長く付き合っていくうえでは、この順番は守る価値がある。今の自分は、そう考えています。

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