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【思考ログ】映画「シャドウズ」にブチギレたら自分の評価軸が見えた話

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こんにちは、よだかです。

先日、久々にかなり残念な映画を観ました。
香港映画『シャドウズ』です。

観ている最中に何度も「もうやめようかな」と思い、実際に中断もしたのですが、見終わったあとに感情を整理してみると、単に「つまらなかった」では済まない、自分なりのブチギレポイントがはっきり見えてきました。今回はまず作品のあらすじと、少ないながら感じた良さに触れた上で、どこがダメだったのか、そしてそこから見えた自分の評価軸について書いていきます。

今回私が見てブチギレた映画「シャドウズ」はこちらでチェックできます。

1. まずはあらすじをざっくり紹介

今回観たのは、香港映画『シャドウズ』。
主人公は、人の潜在意識のようなものに入り込める特殊能力を持った精神科医です。設定だけ聞くとちょっと面白そうなんですよね。精神科医という職業に、「他人の心の中に潜る」という超常的な要素をくっつけて、そこに事件ものを絡める。うまく料理できれば、心理サスペンスとしても、人間ドラマとしても、かなり化けそうな題材です。

話の発端は、主人公が患者の内面に深く干渉するような治療を行っているところから始まります。で、その先で殺人事件が起きる。主人公はその事件に関わっていくことになり、警察とも絡みながら捜査のようなことを進めつつ、自身の過去、とりわけ父親との因縁にも向き合っていく……という流れです。ざっくり言えば、**“人の心を覗ける精神科医が、殺人事件と自分自身の闇に巻き込まれていく話”**です。

こう書くと、まあそれなりに筋は通って見える。見えるんだけど、問題はここから先。
この映画、素材の並べ方だけはそれっぽいんですよ。心の闇、トラウマ、父との確執、殺人、精神医療、善悪の曖昧さ。いかにも「何かありそう」な要素が最初から並べられていて、観る側としても、最初のうちは一応付き合う気になる。こっちだって最初から喧嘩腰で観てるわけじゃないので、「はいはい、このあとどう回してくるんですかね」と様子を見るわけです。

ただ、観ていくうちに、あれ?となる。
いや、あれ?どころではない。**は?**がじわじわ増えていく。

主人公の特殊能力は、作品の核になるはずなのに、思ったほど物語を動かさない。というか、動かさないどころか、冒頭から「この人、別に有能でも何でもなくないか?」みたいな空気を出してくる。患者との関係、家族との関係、警察との関係、事件との距離感、そのどれもが妙にふわっとしていて、観客としてどこに足場を置けばいいのかが分からない。単品映画なのに、なんかこっちだけ前提を共有されていない感じがある。知らんがな、そこ説明しろや、となる。

なのでこの章ではあくまであらすじ紹介に留めますが、正直に言うと、**“あらすじだけ読むとまだマシに見えるタイプの映画”**です。
設定だけなら、そこそこ面白そう。題材も悪くない。映像も、少なくとも安っぽくはない。
なのに、観始めるとすぐに「あ、なんか怪しいぞこの映画」となる。その意味で、これは最初の入口だけはちょっと整っているタイプの厄介な作品でした。

次は、一応フェアさを担保するために、この映画のなけなしの良さについて触れます。ほんとになけなしだけど。

2. この映画の、なけなしの良さ

ここまで散々言っておいて何ですが、一応フェアに書いておくと、この映画にも全く褒めるところがないわけではありません。
本当に、全く無ではない。そこはちゃんと認めておきたい。

まず分かりやすいのは映像まわりです。
画としてはそこそこ整っているし、暗がりの使い方とか、物語全般に漂う湿っぽい空気感とか、いかにも“不穏です”と言いたげな雰囲気づくりは一応できている。安っぽさ全開で見ていられない、みたいなタイプではないです。少なくとも、予算が壊滅してる感じとか、テレビの再現ドラマみたいなチープさはそこまでない。そこはまあ、映画として最低限の見た目は保っていると思います。

あと、題材の組み合わせ自体も、最初に並んだ時点では悪くない。
精神科医という職業に、他人の心の中へ入り込むみたいな能力を足して、そこに殺人事件とか当事者の過去の因縁っぽいものとかを重ねる。これ、雑に置いてもそれっぽく見える要素ではあるんだけど、逆に言えば、ちゃんと作ればかなり面白くなりそうな材料でもあるんですよね。人の心を覗ける人間が、それでも他人を救えないとか、自分自身の闇から逃れられないとか、そういう話に持っていける余地は十分あったはず。少なくとも、企画書の一枚目だけなら「へえ、ちょっと面白そう」と思わせる力はある。

で、ここがこの映画のややこしいところなんですが、“良さ”がだいたい全部この段階で止まっている
要するに、見た目とか素材とか、入口に置かれているものはそこまで悪くないんです。でも、その先がない。まるでない。
雰囲気はある。設定もある。映像もそこそこ整っている。
なのに、観ていて心が動くかというと動かない。話に引き込まれるかというと引き込まれない。人物に興味が湧くかというと湧かない。
この“あるっぽいのに何もない”感じ、地味に最悪です。

映像が良い、という評価も、正直かなり微妙なところで。
いや、別に映像が悪いよりは良い方がいいんですよ。当たり前です。でも映画って、映像が綺麗であること自体がゴールじゃないでしょう、という話でもある。そこは本来、作品が伝えたいものを支えるためのパーツでしかない。空気感を作るとか、人物の内面を映すとか、観客の感情を誘導するとか、そういう役目があって初めて効いてくる。なのに、この映画の場合はそこが切り離されてしまっていて、「で、画はそこそこ整ってるね」以上の感想になりにくい。
それって、褒め言葉のようでいて、かなり終わってるんですよね。中身ではなく外側しか褒めるところがないってことなので。

ついでに言うと、映像の“雰囲気”が多少マシに見えるせいで、なおさらタチが悪いです。
スッカスカなのに、見た目だけはそれっぽい。
深そうな顔をしてるけど、中身が伴っていない。
なので観る側としては、最初のうちは「まだ何かあるかもしれない」と無駄に付き合ってしまうんですよね。これが最初から全部ダメなら、さっさと切れたのに。ちょっとだけ整ってるからこそ、傷が浅いうちに逃げにくい。そういう意味でも、実に残念なタイプの映画でした。

というわけで、この映画の良さを無理やり拾うなら、
映像や雰囲気は最低限整っていること
題材の出発点だけ見ればまだ可能性はあったこと
この二つくらいです。

ただ、繰り返しますが、それは本当に“なけなし”です。
作品として評価したときに、それがどこまで意味を持つかというと、かなり怪しい。むしろ、この程度の良さしか見当たらない時点で、もうだいぶ苦しい。
次からは、いよいよ何がそんなにダメだったのかをちゃんと整理していきます。ここからが本番です。

3. 何がそんなにダメだったのか

ここから本題です。
この映画、単に「なんか微妙だった」とか「好みに合わなかった」とか、そういうレベルではないんですよね。観ていて延々と “は?” が積み上がっていくタイプのダメさがある。しかもその“は?”が一箇所だけじゃない。設定、キャラ、捜査、物語の流れ、ラスト。全部がじわじわおかしい。気づいたらかなりイライラしていました。

まず一番大きいのが、主人公の特殊能力がまるで機能していないことです。
この映画の主人公は、人の心の中に潜るみたいな能力を持った精神科医です。普通、こんな設定を置いたら、最初に「この人は何ができるのか」「この能力が物語にどう関わるのか」を見せるはずなんですよ。冒頭で観客の心を掴むなら、まずそこでしょう、と。ところがこの映画、のっけからそれを外してくる。

冒頭で主人公は患者にマインドダイブするのですが、その結果どうなるかというと、別に患者を救うわけでもなく、むしろ付き添いの家族と揉める。患者は別の医者に転院する。で、その転院先が作品内では悪役っぽく置かれている人物で、その患者は結局人を殺す。
いや、何なんだよそれ。
最初に見せるべきなのは「この主人公、ただ者じゃないな」っていう手応えのはずなのに、出てくるのは「この人、何も解決できてなくない?」という不信感です。主人公の能力も立たない、仕事ができる感じもしない、信頼も積めない。映画の入口で主人公を魅力的に見せることに失敗してる。これ、かなり致命的です。

しかも、その後も主人公は何かを鮮やかに解決するわけではない。
ずっとグダグダする。全部うまくいかない。
別に、失敗する主人公がダメだと言いたいわけじゃないんですよ。失敗から入る物語だっていくらでもある。でもそれならそれで、「なぜ失敗したのか」「この人に何が欠けているのか」「ここから何が変わるのか」が見えないといけない。この映画にはそれがない。失敗している、というより ただ物語の中心にいるだけの人 に見えてしまう。これはきつい。

次に、キャラクター全般に芯がない
相方の刑事、びっくりするくらい魅力がないです。いる意味が薄い。主人公とどういう信頼関係なのかも曖昧だし、相棒として効いている感じもしない。悪役っぽい立ち位置のキャラも、悪そうな雰囲気は出してくるくせに、結局何がしたいのかがはっきりしない。底知れなさではなく、単純に輪郭が弱い。
要するに、みんな “それっぽい役割” を振られているだけで、人として立っていないんですよね。だから誰にも乗れない。誰のシーンでも心が動かない。

で、さらに腹が立つのが、行動原理に一貫性がないこと。
主人公は捜査に関わる場面でもやたら強引で、警察に言うことを聞かせようとしたり、身勝手な振る舞いをしたり、かなり好き勝手やるんですよね。で、警察側もまた、言うことを聞くのか聞かないのかが場面によってバラバラ。ここでは受け入れるのに、こっちでは急に突っぱねる。何に従って動いてるのかがさっぱり分からない。
これが本当にしんどい。
現実離れしていること自体は別にいいんですよ。特殊能力が出てくる時点で、そこはもうリアル一本勝負ではない。でも、その世界の中での筋 は通してくれよ、と。そこが無いと、何が起きても「脚本の都合でそうなってるだけやん」で終わってしまう。

そして、こういう違和感が一つひとつ大きな破綻として爆発するというより、細かく、しつこく、延々と続く
だから余計に疲れるんですよね。
「あれ?」
「いや、何で?」
「さっきと違くない?」
「は?」
これがずっと続く。一本の大きな穴ならまだ耐えられるかもしれないけど、この映画は小さい違和感の連打で削ってくるタイプです。実際、私は途中で何度も観るのをやめようと思ったし、二回中断しています。そりゃそうなる。身体がもう「これ以上付き合いたくない」と判断してるんですよ。

で、最後。
ラストが全然報酬になっていない。

この映画、主人公の父親との因縁みたいなものも後半で重たげに出してくるんですが、それもきれいに決着するわけではない。むしろ「主人公も悪いやつだったのでは?」みたいな曖昧な匂わせで終わる。いや、別に曖昧なラストが悪いわけではないです。問題は、そこに至るまでに観客がこの物語を信頼できていないことなんですよね。
途中までずっと整合性が弱くて、人物も立ってなくて、何なら主人公の能力すらまともに活きていない。そんな状態で最後だけ意味深な顔をされても、深みには見えない。未処理にしか見えない。
余韻じゃないんですよ。処理不足です。

結局、この映画に一番欠けているのは、カタルシス だと思います。
怖さでもない。謎解きの気持ちよさでもない。人物の感情的な着地でもない。何か一つでも観客に返ってくればまだ救いはあったかもしれないのに、それがない。観ているあいだはずっと「は?」の連続で、見終わったあとに残るのも「で?」だけ。これでは、さすがに作品としてきつい。

なので私にとってこの映画のダメさは、単に出来が悪いとか、説明不足とか、そういう言葉だけでは足りません。
設定が機能しない。キャラに芯がない。行動原理が通っていない。違和感が積み上がる。最後まで報酬がない。
この全部が重なって、ようやくあの強い苛立ちになっている。
観ていてここまで「作品として成立してないな」と思わされたのは、かなり久々でした。次の章では、じゃあ私は何にそんなにキレたのか、もう少し自分側の評価軸の話に踏み込んでいきます。

4. 「パーツだけで作られた作品」が私は苦手らしい

この映画にここまで腹が立った理由を少し引いて考えてみると、たぶん私は 「パーツだけで作られた作品」 がかなり苦手なんだと思います。
今回の『シャドウズ』って、まさにそれなんですよね。

要素だけ見れば、一応いろいろ入っているんです。
人の心に潜る精神科医。殺人事件。心の闇。父親との因縁。善悪の曖昧さ。そこに不穏な映像と、重そうな空気。
はいはい、分かりました、材料はそれっぽいですね、と。
でも、それで? なんですよ。
全部ただ置いてあるだけで、つながっていない。一本の芯にまとまっていない。だから見ていて、作品というより「雰囲気の出そうな部品を並べた何か」に見えてしまう。

本来、作品ってそうじゃないはずです。
テーマでも問いでも感情でもいいんですが、まず核になるものがあって、そのために人物や事件や演出が使われる。
このキャラは何を背負っていて、どんな行動を取るのか。
この出来事は何を揺さぶるために起きるのか。
この映像や音は、何を感じさせるために置かれているのか。
そういうものが一つの方向を向いて初めて、「作品」になるんだと思います。

でもこの映画は、そこが見えない。
主人公の能力も、事件も、過去の因縁も、どれも中途半端に触るだけ触って、結局どこにも刺さらない。だから観ている側としては、「お前は何を作りたかったんだよ」としかならないんですよね。
精神科医という職業設定も、マインドダイブ能力も、かなり強い要素なはずなのに、作品の中心として使い切れていない。父との因縁も、キャラの内面を深くえぐる材料になりそうなのに、妙にふわっとして終わる。事件も、サスペンスとして効いている感じが弱い。
結果、全部が “要素” のまま止まってる。これが本当にきつい。

映像の良さについても、私はたぶんここでかなり冷めるんだと思います。
映像が綺麗とか、雰囲気がいいとか、それ自体は別に否定しないです。そりゃ汚いより綺麗な方がいい。でも、それって結局、作品の本体じゃないんですよね。あくまで伝えるための手段、支えるための器です。
その器ばかり整っていて、中身が伴っていないと、「で、見た目はそれなりだけど?」で終わってしまう。実際この映画も、褒めようと思えば映像や雰囲気には触れられるけど、それは逆に言うと そこしか褒めるところがない ということでもある。かなり厳しい話です。

しかも、見た目だけ整ってるタイプの作品って、地味にタチが悪い。
最初にちょっと期待させるんですよね。
暗い画づくり、意味深な演出、重そうな題材。「あれ、これ意外と面白いかも」と思わせておいて、進めば進むほど中が空洞だと分かってくる。この落差があるから、単純に最初から全部ダメな作品よりイラッとする。
スッカスカなのに、それっぽい顔だけしてる。これ、かなりムカつくんですよ。

今回あらためて分かったのは、私はたぶん “完成度の低さ” そのものより、“作品っぽく見せて中身がないこと” に強く反応する んだということです。
粗いけど熱はある、とか、未完成だけど何をやりたいかは伝わる、みたいな作品なら、むしろ私はそこまで嫌いじゃないと思う。足りないものは足りないとしても、少なくとも芯が見えるからです。
でも『シャドウズ』みたいに、意味深な題材や雰囲気を積んでおきながら、結局何を伝えたいのかが見えてこない作品は、本当にしんどい。
中身がないならないで軽くやればまだいいのに、重そうな顔だけはしてくる。そこが余計に腹立たしい。

つまり私がこの映画にブチギレたのは、単に説明不足だったからでも、ラストが曖昧だったからでもなくて、もっと根本のところで 「作品としての設計がない」 と感じたからなんだと思います。
パーツはある。素材もある。見た目も最低限整ってる。
でも、それらを作品として成立させるための意図と構造がない。
だから私は、あれを観ていてずっと「スッカスカやん」と思っていたんでしょう。

最後に、その話をもう少し自分側に引き寄せて、じゃあ私は作品に何を求めているのか、どういうものを「作品」と呼びたいのか、そこまでまとめて終わりにしたいと思います。

5. クソ映画にブチギレたら、自分の評価軸が見えた

今回この映画にここまでイライラしたことで、逆に自分が作品に何を求めているのかがかなりはっきり見えました。
私はたぶん、作品に対して 「ちゃんとテーマがあること」「それを伝えるための構造があること」 をかなり重視しているんだと思います。

別に、全部の作品が説教くさいメッセージを持っていないとダメ、みたいな話ではないです。軽い娯楽作なら軽い娯楽作で全然いいし、ホラーなら怖ければいい、サスペンスならハラハラさせてくれればいい、という見方も当然あります。
でも少なくとも、今回みたいに 心の闇だの、精神科医だの、父との因縁だの、善悪の曖昧さだの、いかにも意味ありげなものを抱えて出てくる作品には、それ相応の中身を求めたくなる。
重そうな顔をしているなら、ちゃんと重さを背負ってくれよ、ということです。

私にとっての「作品」って、たぶん “何かを伝えようとしているもの” なんですよね。
この人間を通して何を見せたいのか。
この出来事を通して何を感じさせたいのか。
この結末で何を残したいのか。
そこがあるから、多少粗くても読めるし、観られるし、許せる。逆にそこがないと、どれだけ見た目を整えても厳しい。
映像が綺麗とか、雰囲気がいいとか、それ自体は別に悪くない。でもそれは本来、テーマや感情や問いを届けるための手段でしかない。そこだけ褒められている時点で、だいぶ苦しいんだと思う。

今回の『シャドウズ』に対して私がずっと抱いていた違和感も、たぶんそこに尽きます。
この映画には、パーツはありました。素材もあった。設定も、見た目も、一応それっぽかった。
でも、それが最終的に何を伝えるために置かれていたのかが見えない。
何を描きたかったのか。
何を考えさせたかったのか。
何を残したかったのか。
そこが最後まで分からなかった。
だから私は、あれを「作品」として受け取れなかったんだと思います。

で、こうして整理してみると、今回私がブチギレたポイントってかなり単純でした。
私は、テーマのない作品が嫌い なんじゃなくて、
テーマがあるふりをしているのに、実際には何も伝えられていない作品が嫌い なんですね。
ここがたぶん大きい。
空っぽなら空っぽで、最初からそういう軽さでやってくれればまだいい。でも、深そうな顔だけして、意味深な題材だけ並べて、最後に曖昧さを置いて「はい、考察どうぞ」みたいな態度をされると、本当に腹が立つ。そこまで含めて、今回の怒りだったんだと思います。

なので、今回の収穫は意外と大きかったです。
クソ映画を観た、時間を無駄にした、イライラした。そこだけ切り取ると最悪なんですが、そのおかげで 自分が何を評価し、何を許せず、何を“作品”として見ているのか がかなり明確になりました。
たぶん私はこれからも、映像の美しさや雰囲気だけではあまり満足しないし、物語の整合性とか、人物の芯とか、テーマの通り方みたいなところをかなり見てしまうと思います。
まあ、今回それがよく分かっただけでも、一応観た意味はあったのかもしれません。いや、やっぱりクソ映画だったことに変わりはないんですが。

というわけで、『シャドウズ』は私にとってはかなり厳しい一本でした。
映像や雰囲気は最低限整っている。でもそれだけ。
設定もテーマも事件も人物も、全部パーツのままバラバラで、作品としての芯が感じられない。
久々に本気で「時間を無駄にした」と思った映画でしたが、その代わりに、自分の評価軸を見直すきっかけにはなりました。

今後また似たタイプの映画に当たったら、たぶん私は今回と同じところでキレると思います。
でも、それでいいんでしょう。
何に腹が立つのかが分かるということは、何を大事にしているのかが分かるということでもあるので。

今回私が見てブチギレた映画「シャドウズ」はこちらでチェックできます。

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