こんにちは、よだかです。
韓国ホラー映画『コンジアム』を観ました。深いテーマや考察を求める作品ではありませんが、頭空っぽでしっかり怖がれる良作でした。原因説明を引っ張りすぎず、ジャンプスケアも要所だけ。キャラ描写もあえて薄めで、無駄なくホラー体験に集中できます。今回は、そんな『コンジアム』の“気楽に楽しめる怖さ”をざっくり感想としてまとめます。
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あらすじ紹介
ホラー動画配信者たちが、韓国で有名な心霊スポット「コンジアム精神病院」に乗り込み、生配信を行う――というのが本作のあらすじです。企画としてはかなりシンプルで、最初は軽いノリというか、どうせヤラセ込みの肝試しなんだろうなという空気で進んでいきます。
ただ、その軽薄さが逆にちょうどいい。最初から大仰な因縁や重たい事情を背負わせるのではなく、「再生数目当てで危ない場所に行く連中が、案の定ひどい目に遭う」という分かりやすい筋に絞っているので、とても見やすいです。観る側も変に構えなくて済むし、状況を飲み込むのに余計なエネルギーを使わなくていい。
実際、この映画は「あの怪異の正体は何だったのか」とか「過去にどんな因縁があったのか」を深く掘るタイプではありません。あくまで、配信者たちが廃病院の中で少しずつ異変に飲み込まれていく、その過程をテンポよく見せることに徹している。だからこそ、頭空っぽで怖がる準備がしやすい映画になっていたのだと思います。
良かった点① 頭空っぽで楽しめるホラー体験
この映画でいちばん良かったのは、やはり「頭空っぽで楽しめる」ことです。これは雑な褒め方ではなくて、むしろかなり本質的な長所だと思っています。ホラー映画って、ときどき妙に設定や因縁を盛りたがるものがあります。過去に何があったのか、この霊は何者なのか、なぜここで怪異が起きるのか……そういう説明を足していくことで“深み”を出そうとする作品も多い。でも、『コンジアム』はそこにあまり執着していない。だからこそ、観る側も変な宿題を抱えずに済みます。
(考察が捗るホラー良作だと「破墓(パミョ)」や「女神の継承」などがあります。私は、これらの映画もかなり好きですが、見るのに若干の気力・体力が必要です)
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で、実際、本作を観終わったあとに「で、原因は何だったの?」と考察したくなる感じはあまりありません。というか、考察のしがいがない。けれど、それが悪いわけではないんですよね。むしろこの映画に関しては、そこがポイント高い。原因や理屈を説明しすぎないことで、観客の意識を“理解”ではなく“体験”のほうに寄せている。要するに、「考えるな、怖がれ」という作りになっているわけです。こういう割り切りは、インスタントなホラー体験としてかなり優秀だと思います。
しかも、この「説明しない」がただの雑さに見えないのも良いところです。話の導入自体はかなり分かりやすいんですよね。ホラー動画配信者たちが、有名な心霊スポットに行って、生配信をして、再生数を稼ごうとする。ここまでは極めてシンプルで、観る側が迷う余地がない。設定の飲み込みにエネルギーを使わなくて済むので、そのぶん異変が起き始めてからは、素直に怖さへ集中できます。状況理解はさせるが、背景説明には深入りしない。このバランスがうまい。
この映画を観ていて感じたのは、「怖さの処理コストが低い」ということでもあります。何かを理解し損ねて置いていかれる感じがないし、複雑な人間関係や伏線を気にしなくてもいい。配信企画で軽いノリの連中が、危ない場所でだんだん取り返しのつかないことになっていく。ただそれだけです。でも、その“ただそれだけ”にきちんと徹しているから、逆に強い。ホラーに求めるものが「深いテーマ」ではなく「しっかり怖がらせてくれること」なら、この潔さはかなり気持ちいいです。
個人的には、こういう映画は休憩としても優秀だと思います。重たいテーマを背負った映画や、観終わったあとにあれこれ整理したくなる作品ももちろん好きなのですが、そういうものばかりだと疲れるんですよね。その点、『コンジアム』は観ている間に余計なことを考えなくていい。目の前で起きる異変に対して、そのまま「うわ、嫌だな」「怖いな」と反応していれば成立する。そういう意味で、かなり親切な映画です。
そして、この親切さはホラーとしての弱さではなく、むしろ設計の明快さだと思います。深掘りする映画ではないからこそ、恐怖の体験に集中できる。考察の余地が少ないからこそ、後味ではなくその場の怖さが立つ。頭空っぽで観られるのに、ちゃんと当たりのホラーになっている。この“軽く観られるのに雑ではない”感じが、本作のいちばん好きなところでした。
良かった点② 無駄のない構成とテンポの良さ
次に良かったのは、やはり構成の引き締まり方です。この映画、全体を通してかなり無駄が少ない。設定そのものはシンプルですし、展開も複雑ではないのですが、そのぶん「何を見せる映画なのか」が最初から最後までブレません。ホラー動画配信者たちが廃病院に入り、徐々に異変に巻き込まれていく。その流れをひたすら真っ直ぐ押し通しているので、観ていて散らからないんですよね。
こういう題材の映画って、一歩間違えると前半で説明を入れすぎたり、逆に引っ張りすぎてなかなか本題に入らなかったりします。でも『コンジアム』は、そのへんのさじ加減がかなりちょうどいい。最初に配信企画の枠組みを見せて、配信者たちの軽薄さもさっと伝えて、そこから現地入りして、少しずつ嫌な空気を積み上げていく。導線がかなり親切なんです。観客に「今どの段階を見せられているのか」が分かりやすいので、変な置いていかれ方をしない。
しかも、この映画はテンポが良いだけでなく、怖さの出し方にもメリハリがあります。最初から最後まで全力で叫ばせ続けるような雑な作りではなく、ちゃんと段階を踏んでいる。序盤は「まあ、まだ肝試しの延長だよな」という雰囲気があるし、そこから違和感が少しずつ積み重なって、「あれ、ちょっと笑えなくなってきたな」というラインを越えてくる。この移行が自然だから、後半で本格的に壊れ始めたときにも、無理やり感がありません。
たとえば、ジャンプスケア(大きな音や大声などで突然びっくりさせる類の演出)の使い方も、この引き締まりにかなり貢献していたと思います。ちゃんとあるにはあるけれど、乱発はしない。ここで一発入れる、という要所で使うから効くのであって、何でもかんでも大きい音と急な顔アップで済ませていたら、ここまで気持ちよくは観られなかったはずです。ホラー映画って、このへんで雑さが出やすいと思うんですよね。「怖がらせること」自体はやりたいけれど、そのために観客の集中を安っぽく消費してしまう作品も多い。でも本作は、少なくとも私にはそういう感じがあまりありませんでした。必要なところで効かせるから、一本の映画として締まって見える。
また、映画全体を「撮影されているカメラからの視点」で回しながら演出している点も上手いと思いました。この手の映画は「なんでそんな状況で撮ってるんだよ」と思わせたらかなり冷めるのですが、本作は最初から配信企画という形を取っているので、カメラが常に存在する理由がちゃんとある。複数視点になることも不自然ではないし、配信者たちがカメラを回し続けること自体に違和感が出にくい。この土台がしっかりしているから、映像の切り替えや見せ方にも無理がない。ホラーとしての没入を崩しにくい構造になっています。
要するにこの映画は、題材として派手なことをやっているようでいて、実はかなり堅実なんですよね。設定は分かりやすく、導入は短く、異変の積み上げ方にも順序があり、怖がらせるポイントも絞っている。だから「特別に新しいことをしている」とは言いにくいのですが、その代わりに、観ていて不満が出にくい。変な遠回りをしないし、余計な情緒にも寄りかからないし、怖さの打点もきちんと取ってくる。この無駄のなさが、作品全体の満足度をかなり底上げしていたと思います。
こういうホラーを観ると、結局のところ大事なのは奇抜さより設計なんだなと感じます。設定を盛ることでも、意味深な謎を増やすことでもなく、「観客をどの順番でどう怖がらせるか」をちゃんと組んでいるかどうか。その点で本作はかなり優秀でした。大作感や重厚さはなくても、ホラーとしての導線が綺麗に通っている。その素直なうまさが、この映画の見やすさと怖さの両方につながっていたように思います。
良かった点③ 感情移入しすぎないキャラクター描写
この映画、登場人物たちの描写もかなり良い塩梅だったと思います。ここでいう「良い」というのは、魅力的に深く描けているとか、ひとりひとりにドラマがあるとか、そういう意味ではありません。むしろ逆で、いい感じに薄っぺらい。その薄っぺらさが、この映画にはかなり合っていました。
配信者たちは基本的に軽薄です。再生数目当てで危ない場所に乗り込み、怖がることすら半ばコンテンツ化している。最初からそこまで人間的に誠実でもなければ、高潔でもない。もちろん完全な悪人というわけでもないのですが、「うわ、こいつら本当にどうしようもないな」と思うほどではないにせよ、「まあ、危ない場所でそういうことしてたらひどい目にも遭うよな」と思える程度には軽い。このラインがちょうどいいんですよね。
ホラー映画って、登場人物に感情移入しすぎると、怖さとは別の感情が前に出ることがあります。かわいそう、助かってほしい、こんな死に方は嫌だ、みたいな気持ちが強くなると、恐怖体験そのものとは別の方向に意識が引っ張られる。もちろんそれが成立している作品もありますが、『コンジアム』はそちらではない。この映画は「観客に深く共感させること」より、「気持ちよく怖がらせること」を優先しているので、キャラの厚みもその目的に合わせて削られているように感じました。
実際、観ていて「この人だけは助かってほしいな」と強く思うことはあまりありませんでした。そこがむしろ良い。登場人物たちがひどい目に遭っても、必要以上に胸が痛くならないんです。因果応報感というか、こいつら死んでも別に誰も困らんだろうな感というか、そのくらいの距離感で見られる。これ、かなり大事だと思いました。ホラーって、怖さに加えて「観続けられる快適さ」も必要だと思うのですが、この映画はその快適さを、キャラとの距離感でうまく作っている気がします。
しかも、この「共感させなさ」は、単に雑に人物を作った結果ではなく、かなり意図的な調整に見えます。もし彼らの背景をもっと丁寧に描いていたら、あるいは人間関係の機微をもっと積み重ねていたら、一本の映画としては別の味が出たかもしれません。でも、その場合はここまで頭空っぽで楽しめるホラーにはならなかったはずです。余計なドラマを足せば、そのぶん観客の感情も分散する。『コンジアム』はそこを切って、「怖がるための駒」としての人物造形にかなり徹している。その割り切りが、作品全体の引き締まりにつながっていました。
また、このキャラの薄さは、映画のテンポにも貢献しています。各人物の事情を掘らないので、話が止まらないんですよね。誰がどんな過去を抱えていて、どんなトラウマがあって、どういう願いを持っていて……みたいなことをいちいち差し込まない。そのぶん、観客はキャラの理解ではなく、今この場で何が起きているかに集中できる。ホラーとしてはかなり合理的な設計だと思います。
個人的には、この映画の登場人物たちは「嫌いになるほどではないが、助かってほしいとも思わない」という、かなり絶妙な位置にいたように思います。完全に不快なだけのキャラだと、それはそれで観ていてストレスになるのですが、本作はそこまで行かない。ただ、感情の中心に置くほどの厚みもない。だから、彼らが怖がり、壊れていく様子を、比較的フラットに眺められる。このフラットさが、ホラーの“消費しやすさ”を支えていたように感じました。
要するに、『コンジアム』の人物描写は、感動や共感のためではなく、恐怖体験のノイズを減らすために機能しているんだと思います。登場人物を好きにさせすぎない。助かってほしいと思わせすぎない。だからこそ、観客は罪悪感や同情に引っ張られず、ただ「うわ、嫌だな」「これは怖いな」という反応に集中できる。こういう意味でのキャラクターの薄さは、欠点ではなくかなり強い長所でした。
良かった点④ 見た目の良さも含めた“観やすさ”
あと、この映画は単純に画として観やすいのも良かったです。ホラー映画なので、もちろん怖い場面や気味の悪い描写は出てくるのですが、それでも全体として「わざわざ映画でまで見たくないもの」を過剰に押しつけてくる感じがあまりない。ここは個人的にかなり大きかったです。
まず、キャストの顔がちゃんと整っている。これ、意外と大事だと思うんですよね。映画って内容だけじゃなくて、そもそも一定時間ずっと画面を見続けるものなので、視覚的なストレスが少ないこと自体が価値になる。もちろん、作品によってはあえて生々しさや不快さを前に出すものもありますし、それがハマる場合もあります。でも『コンジアム』はそういう方向ではなく、ホラー体験を気持ちよく受け取れるように整えてある。その意味で、キャストの見た目がちゃんとしているのは、かなりプラスに働いていたと思います。
しかも、この“見た目の良さ”は、ただ美男美女を並べればいいという話でもないんですよね。綺麗なものが崩れていくからこそ、そこに独特の快感が出る。怖がっていた顔が引きつったり、余裕のあった表情が壊れたり、整っていた画面がだんだん不穏なものに侵食されていったりする。その落差があるから、恐怖の演出がより気持ちよく効く。最初から汚くて不快なものを見せられるのとは違って、「ちゃんと観やすいもの」が壊れていく過程にカタルシスがあるんです。
このあたりは少し意地悪な見方かもしれませんが、美人が怖がる描写って、やっぱり一定の快感があると思います。理屈ではなく、かなり感覚的な話です。綺麗なものが乱れる、整っていたものが崩れる、安全そうなものが壊れる。ホラーに限らず、こういう“落差”には見応えがあるし、感情も動かされやすい。本作はそのへんを変に高尚ぶらず、かなり素直にホラーの快感として使っていたように感じました。
そして、この映画が良いのは、その視覚的な快感が作品全体の方向性とちゃんと噛み合っていることです。もしこれで人物描写が重くて、悲劇性を前面に出すような作品だったら、見た目の良さは別の意味を持っていたかもしれません。でも本作はあくまで「頭空っぽで怖がれるホラー」に寄せている。だから、キャストの見やすさもまた、“余計なストレスを減らす工夫”として機能しているんですよね。画面を見ていて不快すぎない、でもちゃんと怖い。この塩梅がちょうどいい。
また、ホラー映画の中には、暗さや汚さや不快感そのものを武器にする作品もありますが、私はそういうものを常に求めているわけではありません。映画なのだから、ある程度は観ていて気持ちよさがほしい。その意味で「怖いけれど観やすい」というバランス感覚がかなり良かったです。怖がらせるために何でもかんでも不快にすればいい、という作りではない。ちゃんと“映画としての見やすさ”を残している。そこに好感が持てました。
結局、この映画の“観やすさ”は、構成やテンポだけではなく、画面づくりにも通っているのだと思います。キャストの見た目、怖がる表情、壊れていく過程、その全部が「ホラー体験として気持ちよく味わえる」方向に揃っている。深いテーマを語る映画ではないけれど、視覚的な快感まで含めて、ちゃんと怖がらせることに振っている。そういう意味でも、かなり素直に出来のいいホラーでした。
まとめ 頭を使わずに観るホラーとしては当たり
『コンジアム』は、深いテーマや重たい人間ドラマを期待して観る映画ではありません。原因や背景を細かく掘るわけでもなく、観終わったあとに長々と考察したくなるタイプでもない。けれど、だからこそ良い作品でした。余計な説明を削り、キャラクターへの過度な共感も削り、怖がらせるための導線だけをかなり丁寧に残している。そういう意味で、とても割り切りの良いホラー映画だったと思います。
特に良かったのは、「頭空っぽで楽しめる」という点が、単なる気楽さではなく、作品の設計そのものと結びついていたことです。状況は分かりやすく、展開も追いやすい。ジャンプスケアも乱発せず、要所でだけ使う。登場人物たちは必要以上に感情移入させず、画面としても観やすい。その結果として、観客はあれこれ考え込まずに、素直に怖さへ反応できる。ホラーとしてかなり親切だし、その親切さが雑さに見えないのも良かったです。
もちろん、深く読み解くタイプの作品ではないので、「傑作」とまで言いたいわけではありません。キャラクターの厚みや、テーマ性や、観終わったあとの余韻を強く求める人には、少し物足りなく映るかもしれません。ただ、こちらとしても最初からそこは求めていなかったので、問題にはなりませんでした。むしろ、この映画はそこを欲張らないからこそ、一本のホラーとして綺麗にまとまっているのだと思います。
気楽に観られて、ちゃんと怖い。無駄が少なくて、変にダレない。綺麗なものが壊れていく快感も含めて、ホラー体験として素直に気持ちいい。そういう映画でした。頭を使わずに楽しめるホラーとしては、かなり当たりです。休憩がてら一本観るには、ちょうどいい良作でした。
本作「コンジアム」はamazon prime videoで視聴しました。
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